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【コンサルティングコラム】
「やる気」の構造 ~これがモチベーションを高める組織だ!~ - 3章 「ワーク・モチベーション」のメカニズムを知る①

1.やる気が湧く会社・やる気をなくす会社

前章で見てきたように、会社が元気になるには、全社員の“ワーク・モチベーション”が何よりも大切です。

では、社員の労働に対する“やる気”が高い会社と、低い会社があるのはなぜでしょう?いったい働く人のやる気は、どんなメカニズムで構成されているのでしょうか?


どんな会社で働きたい?

まずは、やる気(ワーク・モチベーション)のメカニズムの理論的な背景を述べる前に、2つの会社を見てみましょう。

やる気の事例研究

≪事例①≫ファースト・コーポレーション
戦後創業されて、オーナー経営者が一代で築き上げた巨大ホームセンター。

≪事例②≫東海薬品
中堅ではあるものの、堅実な経営を続けてきた医薬品会社。

なお、これらは筆者たちがコンサルティングをしたさまざまな会社を合成した事例で、実在する会社ではありません。これは、コンサルティングという職業上、クライアントの実態を明かせないためです。また、合成の事例とはいえ、悪いところばかりを寄せ集めたような極端な表現の仕方は避けています。

では、事例を詳しく見ていきましょう。

≪事例①≫ファースト・コーポレーション

ファースト・コーポレーションは、戦後創業されて、オーナー経営者が一代で築き上げた巨大ホームセンターです。
社長の瀬川氏は日本の流通機構に風穴を開けて、消費者が安く消費財を購入できることを社是とし、その実現のために邁進してきました。経済成長と相まって、ホームセンターを中心にした巨大な企業グループを形成するまでになりました。
瀬川社長は強烈なリーダーシップをもって、常に陣頭指揮を執り、ホームセンター業界で常に新たな取り組みを行ってきました。そのチャレンジングな施策は、低価格な商品提供という魅力を生み、消費者からも多くの支持を受けてきました。
消費関連の多角化にも積極的で、一小売業という範疇を超えたグループ形成をなしとげていました。
そのような既成概念を打ち壊す経営思想は、意欲ある社員たちをも引き付け、会社の成長とともに挑戦意欲が高い若者たちを大量採用していきました。
人事管理についても徹底した実力主義で、年齢や学歴で昇進が左右されることはありませんでした。このため、店長などの管理職も20歳代で抜擢したし、役員さえも30歳代で登用していきました。
しかし、日本の経済成長も安定的になるにつれ、大規模小売店舗法の影響もあって、以前のような大量出店は段々行われなくなっていきました。とはいえ、1980年代にはすでに大企業に成長していて、安定的な成長の中にも企業として質的な充実を求めている時期でした。
安定期に入ったファースト・コーポレーションは、若干“大企業病的様相”を示しはじめていたものの、働いている社員たちは士気も高く、役員たちも消費不況にめげず、新たな経営施策をどんどん打ち出していきました。
ところが、1980年代後半のバブル景気初期に一つの転機が訪れました。瀬川社長の長男が取締役として入社したのです。海外でMBAを取得したのち、銀行で修業をしていましたが、30代の若さで取締役営業本部長として入ってきました。
瀬川社長の長男は1年程度の修行ののち2年で、営業をすべて統括する副社長に昇格しました。彼は父親似のカリスマタイプであり、トップダウンの経営施策をどんどん出していきました。頭脳も明晰であり、その経営的判断に曇りはありませんでした。しかし、このころから会社に変化が現われはじめたのです。
第一の変化は、店の運営方法に“米国直輸入型のチェーン・オペレーション”を導入したことが契機となりました。
ベルトコンベアのついたレジ、倉庫型の店内、徹底した社員サービスの排除――この方式をはじめたころから、専門家からは「日本の消費者には合わない」という評価をくだされました。しかし、徹底したローコスト化は本来ファースト・コーポレーションがもっていた社是にも適合していたし、将来的には「長男に社長を継がせたい」と思っている創業者の瀬川社長も、副社長に任せっきりでした。
ここで、少しずつ顧客離れがはじまりました。消費者の意見は「ファースト・コーポレーションの品は確かに安い。でも、欲しいものがない。ティッシュペーパーひとつとっても、自社ブランド品を安く売っているだけで、紙が硬く品質が悪い。私たちが欲しいのは有名な製紙業者のティッシュペーパーだ」というものでした。
第二の変化は、「この米国型チェーン・オペレーション方式が社員をまったく信用していない考え方だった」ことによって生じました。
まず、レジなども「社員は金銭の不正をする」ことが前提になった防犯システムをもっていました。また、商品の発注も「店の社員が発注すると間違えるので、すべて本部で行う」ことになりました。
その結果、店頭でのタイムリーな値引きなどは一切できなくなったばかりか、棚の配列も本部の許可がなければできなくなってしまいました。
こうして、どんどん中央集権化が進められていったのです。
第三の変化は、創業社長の番頭である役員陣が非常に優秀で、加えてファイトあふれる“サムライ”であったことによって生じました。彼らは、創業者の瀬川氏にはもちろん一目置いているものの、子息の副社長の営業方針には断固として反対しました。しかし最終的には、社長は副社長の方針に迎合しました。子息ゆえに目が曇ったのかもしれません。
このため、優秀な生え抜き役員は閑職に追いやられることになりました。当然、辞めてしまった者も多く出ました。
その間隙をぬって、若手の役員候補層がいっせいに副社長に擦り寄り、前任者たちの後釜に座りました。本当に会社のことを憂える幹部たちは、それら新任役員たちの節操ない行動に、どんどん嫌気を感じていったのです。
そして、第四にして最大の不幸は、バブル崩壊が引き金となりました。
ただでさえ経営の舵取りが難しい時期に、会社の社員たちは白けきっていました。売り上げはどんどん前年を下回り、赤字が発生して止まらなくなりました。債務超過直前状態になり、大規模な人員リストラが毎年行われるようになり、会社はほぼ抜け殻状態になったところで、創業者一族は経営から外されたのでした。

※この内容は2003年に書かれたものです。



大規模小売店舗法
百貨店や量販店などの大型店舗が出店する際には、この法律に基づいて店の規模や営業時間・日数などの審査が行われた。1973年に施行されたが、事実上大手スーパーの出店の規制になっていた。日米構造協議で米国から指摘され、自由競争を阻害しないよう規制緩和され、この後廃止された。

米国直輸入型のチェーン・オペレーション
チェーン・オペレーションは米国のスーパーマーケットで生まれた管理手法である。同一の店舗規格、運営方法、品揃えを行い、徹底したマニュアル化によりローコスト・オペレーションを実現することができる。

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