
- 20社超の子会社を傘下にもつAグループを親会社も含めて再編し、統括本社と地域会社に分割・統合するにあたっての、グループ共通人事制度の構築・導入の支援
- 処遇水準が大きく異なる親会社と子会社の人事制度を、総人件費の上昇を抑えつつ統合
- 組織再編後の人材再配置を柔軟に行えるように、グループ内人材フローの仕組みを構築
- 社員の安心感とグループ再編後の意識統合実現を重視し、人事リスクを慎重に検討し、丁寧なコミュニケーションプランを実施
クライアントプロフィール
- 業種
- 大手物流会社A社
- 従業員数
- 親会社1,500人、子会社(20社超)合計2,000人
- 期間
- 現状分析3ヶ月、人事制度構築8ヶ月、導入支援6ヶ月、計1年5ヶ月
プロジェクト開始の背景
プロジェクトの背景を教えてください。
A社では、絶えず変わり続ける事業環境や5期連続の減益という厳しい現実を受け、グループ全体の組織力強化と成長戦略の実現のため、抜本的なグループ再編を検討していました。内容は、A社の各支社を地域別に会社分割し、統括本社と地域会社の体制に再編。更に、A社の傘下にあった20社超の子会社を、新規設立した地域会社にそれぞれ統合するというものでした。
A社と子会社は同じグループ企業ではあるものの、各子会社は買収によってグループ内に取り込んできたケースがほとんどであり、A社の支社と各子会社間の業務協力がスムーズではないケースが多く、同じ地域に拠点を構えながらも、一つの顧客に対してA社の支社と子会社がそれぞれ取引をしていたり、管理機能や業務の重複が多数発生していたりしました。このような状況を打破すべく、経営が出した答えが「親会社をも巻き込んだグループ全体の巨大再編」だったのです。
当初どのような課題が想定されていたのでしょうか。
この事例の最大の特徴は、親会社と子会社の統合であるということです。グループ内の子会社同士を統合するケースにおいてさえ、人材の質、給与水準、退職金・年金制度、福利厚生等は会社間で異なり、統合の際には慎重な検討を要します。ましてや親会社と子会社の統合ともなると、その違いは歴然でした。特に給与においては、同じ役職であっても2倍以上の差があるケースも稀ではありませんでした。今回のグループ再編では、A社出身の社員と子会社出身の社員のそれぞれが納得できるような人事制度統合を、人件費を大幅に上昇させることなく実現することが求められました。
また、グループ再編を機に人事として成し遂げなくてはいけないゴールとして、「親会社社員と子会社社員間の壁の撤廃」がありました。前述のとおり、同じ地域、もしくは同じ建物内に勤務していても、社員には「親は親、子は子。親と子は別会社」という意識が強く根付いていました。親会社と子会社の間で人事交流が盛んに行われている地域においても、親社員と子会社の社員の処遇の違いから、お互いに距離を置いてしまっており、それが円滑な組織運営を阻害している様子も多々見られました。そのため、登記上は一つの会社だが蓋を開けたら数種類の社員が混在するような形式上の再編ではなく、本当の意味で会社を一つにすることのできるグループ人事制度の構築が必要でした。
総額人件費を維持しながら、処遇水準が大幅に異なる親会社と子会社を本当の意味で一つにするためには、親会社の社員を中心に大きな不利益変更が発生する可能性が想定されました。そのため、そのような社員の納得を得られる人事制度構築と丁寧な社員コミュニケーションの徹底を心がけながらプロジェクトを進めていきました。
また、全体を通して、統括本社の人事プロジェクトだけで検討を進めるのではなく、定期的に地域会社やその他の子会社の幹部の意見を吸い上げながら、制度や移行ルールを構築していったのも特徴でしょう。その理由として、新たに設立される地域会社は、現在の支社と子会社の幹部社員が新たな経営幹部として協力して統括・運営していくことが求められるとともに、地域に根差した自律的な経営の実現を求められていたため、地域会社経営幹部の理解と協力が新人事制度をスムーズに導入するために必要不可欠だったことがあります。また同時に、一人でも多くの社員が納得できる人事制度・ルールを作るために、彼らの声に真摯に耳を傾けることが大変重要だったのです。
プロジェクトの内容
1. 現状分析
今回のグループ再編プロジェクトの対象は親会社を含めて20社超に及びました。そのため分析データ量は多く、かつ、会社間の違いも顕著であり、各社の現状を把握するだけでも一苦労であり、それぞれの比較や統合リスクの分析には、通常より長い期間を要しました。
- 等級・報酬
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等級については各社でほぼ完全に異なっているため、報酬と合わせて総合的に把握していきました。下図はある地域会社として統合される、地域支社および子会社の月例給を比較したものです。各社の等級については能力やスキルレベル、成果の大きさなどを加味しながらグルーピングを行い、それぞれの仮の等級における月例給を比較しています。また、暫定的に想定される報酬レンジを設け、どれくらい乖離が見込まれるのか、言い換えれば、どの程度報酬を下げることによるリスクが存在するのかを、把握していきます。
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※クリックすると少し大きく見えます。
各エリアでの報酬レンジから見た、既存社員の報酬レンジへの収まり具合は下図のようになっていました。地域によってはほとんどがレンジ内に収まり、レンジ以下の社員まで存在しますが、一部の地域ではレンジ以上の社員がかなり多く存在し、不利益変更への慎重な対応が必要なことが判明しました。
- 評価
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評価については、各社の評価項目と評価の分布などを見ながら、各社間での評価の実施形態を把握していきます。下図では各社の評価項目と評価分布についてまとめています。評価項目について、大まかに知識やスキルなどの能力に対する評価と、成果や達成度などの成績に対する評価について、それぞれ現在どのような状況にあるかを見ていきました。ほとんどの会社で能力に対する評価が行われており、人材育成の観点からも能力評価をグループ全体で行っていく方向となりました。また評価の分布については甘辛の差が特に激しい会社を中心に見て行きながら、会社間でどのように評価差を少なくしていくかを検討していきます。
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また、下図では各社における評価分布において、能力と成績の評価上の配分がどのような割合でなされているかをまとめています。会社によっては標準であるB評価以上の評価を多く付け、低い評価を意図的に避けている傾向が見て取れます。
今後等級を移行するに際して、各社間での等級や年齢の分布を基に、どのようなリスクがあるかについても洗い出しを行いました。大きくは下図のように中高齢者層が肥大しており今後の労働力確保が難しい現状や、一部の等級における滞留などが見られました。
- 退職金・年金
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退職金・年金については、各社でそれぞれ水準が大幅に異なり、人事統合の最大の障害となっていました。定年退職時の水準格差は1,000万円以上あり、この水準差を統一することは人件費リスクと法的リスクの観点から現実的に不可能な状態でした。そのため、後述するように合理的な社員区分を設定して、社員区分ごとに退職金・年金水準を設定して統合していくことが必須であり、この社員区分の設定が最大のキーポイントになりました。
その後
現在の状況はいかがですか?
無事に数十社の人事制度が統合され、同一の給与テーブルや就業規則が運用開始されました。人事制度の改定に伴って処遇が下がる社員も発生しましたが、混乱やトラブルも一切なく、想定以上にスムーズに人事制度が統合できたという状況です。特に、社員からは「新人事制度は考え方がわかりやすくて筋が通っている」「丁寧に説明してくれたのでよくわかった」「こんなに丁寧に説明してくれる人事部の姿勢に安心感を覚えた」という感想が多く寄せられました。
成功要因は何だったのでしょうか?
成功要因は小さいことを疎かにせずに丁寧に検討して積み重ねてきたことに尽きますが、重要なポイントを挙げれば、次の3点であると考えています。
- 組織統合の期日から逆算して1年以上の時間を人事統合の準備に充てることができた
- 新人事制度の導入準備(社員への説明など)に十分な時間を費やし、丁寧に実施した
- 人事制度(あるいは人事部)単独ではなく、組織設計や管理会計など、組織変革に携わる他プロジェクトと有機的に連動し、整合性のあるメッセージ発信を行えた
大規模な組織再編は、社員に相当の不安と動揺を与えます。この不安と動揺を、安心と経営に対する信頼感に変えていくことが人事統合の鍵であると考えています。そのために、1~3のポイントを押えた新人事制度導入ができたことが非常に重要でした。
また、1~3を実現できた背景には、人事部とコンサルタントが二人三脚で社内コミュニケーションを行っていったことが挙げられます。人事統合の準備の重要性、他プロジェクトを巻き込んだ導入の必要性などを、具体的なデータやリスク分析をもとに経営陣に説明することで、経営陣からの全幅の信頼とバックアップを得ることができたと考えています。