「真面目に全部やる」でも「果敢にやり過ごす」でもない | 第三の選択肢
2026.10.23
2026.10.23
この記事でわかること
- 上司から指示された仕事をすべてこなそうとすると、より優先度の高い仕事が後回しになる。一方で、自分の判断で仕事をやり過ごすことにもリスクがあります。本記事では、「やり過ごし」に関する研究と組織の意思決定を捉える「ゴミ箱モデル」をもとに、仕事の優先順位をどう判断すべきかを考えます。曖昧な指示に対して、何を優先し、何をどこまで保留するかを見極め、上司と認識を共有しながら仕事を進めるためのポイントを紹介します。
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同じ部門で働く、A課長、B課長、C課長。
先週、3人は部長から、こう頼まれていました。
「そういえば、競合の取り組みも一度まとめておいて」
何に使うのか、いつまでに必要なのかは、はっきりしていません。一方、3人は今週中に顧客へ出す提案も抱えています。
週明け、部長が進捗を尋ねました。
「頼んでいた競合調査は、どうなった?」
C課長は答えました。
「まだ手をつけていません」
「では、この1週間、何を進めていたんだ」
C課長が丁寧に顧客提案を作成していたことなど気づきもせず、部長はすぐに声を荒げます。
次はB課長です。
「20社を調べ、資料にまとめました」
B課長は、終電の時間まで競合のリサーチを進め、部下にも残業して手伝ってもらいながら、なんとか競合調査を完成させていました。部長は資料を受け取り、尋ねます。
「顧客への提案は、どうなっている?」
「競合調査に時間がかかり、まだ十分に詰められていません」
「そちらの提出は今週だろう。なぜ先にやらなかったんだ」
競合を調べろと言ったのは部長です。B課長は、言葉に詰まりました。
最後にA課長が答えます。
「全社比較には、まだ着手していません。今週の提案を先に仕上げました。ただ、部長が週明けに役員とお話しされる際に必要になりそうな3社の事例は確認しています。全社比較が必要であれば、来週水曜日までにまとめます」
「今はそれで十分だ。まずは顧客への提案を進めてくれ」
B課長は釈然としません。自分は指示をすべて終わらせた。A課長は自分の判断で後回しにした。
それなのに、注意されたのは自分です。「こんなのやるだけ無駄じゃないか」、そう思いたくもなります。
また、C課長から見ればA課長は、自分と同じように仕事をやり過ごしながら、なぜか評価された人です。
3人の違いは、どこにあるのでしょうか。
1.真面目にやるか、やり過ごすべきか
高橋伸夫氏の論文「日本企業におけるやり過ごし」では、ある管理者が示した、次のような部下の評価基準が紹介されています。
| 評価 | 仕事への対応の特徴 |
|---|---|
| A評価 | やり過ごしも含めて自ら優先順位を判断し、必要に応じて指示されていない仕事も進め、時機に応じた答えを出す |
| B評価 | 指示された順に、指示された範囲の仕事を確実に遂行するが、指示が多すぎると時機を逃すことがある |
| C評価 | 自ら優先順位をつけるものの、その判断を誤り、不要な仕事を先に進め、必要な仕事を後手に回す |
| D評価 | 自ら優先順位をつけられず、指示された仕事も遂行できない |
注目したいのは、指示された仕事を確実に遂行するB評価より、指示された仕事であってもやり過ごすことのあるA評価の方が高く位置づけられていることです。
B課長は怠けていません。むしろ、3人の中で最も指示に忠実です。しかし、競合調査をすべて終えるために、期限が迫る顧客提案を遅らせました。
A課長は全社比較を終えていませんが、顧客提案を進め、役員との会話で使われそうな事例だけを押さえて、いったん報告しています。
この場で部長の期待に応えたのは、指示をすべて終えたB課長ではなく、必要な仕事と最低限の備えを選んだA課長でした。
ただし、ここから「A課長のように、上司の指示を自分でやり過ごせばよい」と結論づけるのは早計です。A課長の判断が外れれば、C評価に転じる可能性があります。
すべてやることにも、黙ってやり過ごすことにも危うさがあります。その理由を整理する手がかりが、組織の意思決定を捉える「ゴミ箱モデル」です。
2.意思決定が偶発的に行われる”ゴミ箱モデル”とは
私たちは通常、まず問題があり、情報を集め、最適な解を選ぶのが意思決定だと考えます。
しかし実際の組織では、いつもこの順に進むとは限りません。ゴミ箱モデルでは、次の4つがそれぞれ別々に動くと考えます。
- 選択機会:会議、面談、稟議など、何かを決める場
- 参加者:意思決定に関わる人
- 問題:組織や人が気にしている課題
- 解:問題の答えになり得る施策や情報
このうち「ゴミ箱」にたとえられるのが、選択機会です。会議という1つのゴミ箱に、そのとき気になっている問題、その時用意された解、たまたま出席した参加者が持ち込まれます。何が決まるかは、その時点で4つがどう居合わせたかに左右されます。
4つは常にそろっているわけではありません。問題が明確になる前に解だけが用意されることもあれば、問題があっても、解や参加者がそろわず決まらないこともあります。同じ問題や解であっても、どの選択機会で、どの参加者と出会うかによって、使われ方が変わります。
3.やり過ごしがうまくいくケースとは
今回の事例では、プレイングマネージャーであるA課長自身が、競合調査、今週中の顧客提案など、複数の問題を同時に抱えています。ゴミ箱モデルに照らして考えるべきなのは、A課長が抱えた問題の一部が、時間の経過や状況の変化によって不要になったり、別の機会へ移ったりする可能性です。
競合調査依頼の背景には、「週明けに役員から聞かれるかもしれない」という問題があります。週明けの役員面談で競合が議題になれば、調査結果はその場で使われます。別の話題が優先されれば、競合の問題は翌月の会議に移るか、状況変化によって当面扱われなくなるかもしれません。
ゴミ箱モデルでは、問題が別の場へ移ったり、その場から離れたりすることで、もとの選択機会が完結することもあると捉えます。つまり、問題を直接解決せずとも、選択機会を完結させ、やり過ごして済ませることがあり得るのです。
A課長は全社比較を直ちに作り込まず、期限が明確な顧客提案を先に進めました。つまり、時間変化や状況変化によって完結・不要になり得る作業を見極め、解決機会が明確な作業に集中的に取り組んだのです。
4.安易なやり過ごしに逃げない着実な一手とは
ゴミ箱モデルを「仕事の放置を勧める理論」と捉えるのは早計です。役員面談で競合が主要議題となり、3社の事例では足りなければ、A課長の判断はC評価に当たる行動になります。
しかし一方で、B課長のように、用途も期限も異なる仕事をすべて同じ重さで扱えば、期限が明確な顧客提案が遅れます。重要なのは、無謀にやり過ごすことではなく、何を・どの程度・いつまで保留するかを見極めることです。
時間変化・状況変化を見極めるためには、上司が役員と話す時期、繰り返し気にしている論点、仕事が必要になる場を普段から把握することが重要です。曖昧な指示を受けたら、何を先に進め、何をどこまで保留するかを決め、上司にひと言伝えます。
「今週は顧客提案を優先します。競合は役員面談に備えて3社だけ確認し、全社比較は必要であれば来週水曜日までに広げる想定です」
これだけでも理不尽な行き違いを減らすことができるかもしれません。
管理職にとって、仕事は常に増え続けます。すべてを抱えることでも、消えるまで黙って待つことでもなく、限られた情報で優先順位を仮置きし、共有しながら更新する。それが、プレイングマネージャーにとって望ましい選択肢ではないでしょうか。
参考文献
高橋伸夫(1992)「日本企業におけるやり過ごし」『組織科学』26巻3号、21-32頁
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