M&Aや組織再編後のPMI(Post Merger Integration)では、制度や業務の統合に加え、従業員の意識や組織文化の統合が重要な課題となります。統合初期は業務や人事制度の混在、意思決定の遅れ、従業員の不安・不満が生じやすく、放置すれば離職やエンゲージメント低下を招く恐れがあります。
こうした課題に対し、組織の価値観を明確に伝えるコミュニケーション、評価・配置の透明性、意識調査や研修による文化融合など、多面的なアプローチが求められます。PMIの成否は、制度設計のみならず、人と組織への丁寧な対応がカギとなります。
M&A・組織再編におけるPMIとは
PMIとは、「Post Merger Integration(ポスト・マージャ―・インテグレーション)」の略称であり、統合後に実施される「経営・組織の融合・一体化」を指します。売り手と買い手の間でM&Aに関する最終合意が締結された後、対象となる企業や事業が買い手に帰属した段階から正式なPMIがスタートします。
一般的にM&Aにおける最終契約書の締結日(クロージング)を「Day1」と呼びます。
これに対し、買収先企業のガバナンスを確立し、事業を安定稼働させるための重要な期間として、Day1から3カ月間(100日)を「Day100」(100日プラン)と呼びます。
かのGEのジャック・ウェルチも「買収後100日以内に、買収先企業に自分たちのやり方を浸透させなければ、買収は絶対にうまくいかない」と語っていました。それほどまでに、PMIはM&Aや組織再編を成功裏に導くための重要なカギとなります。
当然、M&Aでは、経営統合を果たしたらそれで終わりではありません。そこから先が圧倒的に重要な「舵取りの期間」となり、経営統合から100日を経過した後もPMIの取組みは数年間に渡って続きます。
PMIを進めていく上での課題
Day1を迎えるまでのフェーズ(Pre-Merger)においては、ある程度形骸的・形式的であったとしても、両社が同じ船に乗って無事スタートを切れるよう、統合後の組織や最低限の社内ルールを1つにまとめていくことに重点が置かれます。(1つの組織内に複数の制度を走らせる場合もあります)
しかし、PMIフェーズでは、より目に見える形での成果を生み出していくために、現実的かつ実効性のある取組みや施策を講じていくことが最も重視されます。
言わば、Day1までのフェーズは「結婚式」(=統合)です。ここでは準備に多くの時間が割かれます。次のPMIフェーズでは、「結婚後の生活を現実的にどのように進めていくか」(=融和)について議論を尽くすことになります。そして、いよいよPMIを進める、という局面を迎え、「どうしても避けがたい課題」に直面します。
当社が2019年に実施した、M&Aを経験した大手企業20社の人事責任者向けヒアリング調査では、「合併後に実施した主な人事施策」(PMIフェーズにおける人事施策)として、「経営陣からの継続的なメッセージの発信」「新会社としての行動規範の策定」などの施策が挙げられました。
【PMIの人事施策】
PMIフェーズの特徴的な課題
しかし、PMIフェーズならではの課題も存在します。
- 【課題1】
経営統合直後は、今後の統合会社としての方針・方向性を決定する十分な情報が、揃っていない。また、統合会社の経営陣にとっても適切な判断を下しにくい。 - 【課題2】
スピーディーに対処しなければならない課題が山積している。にもかかわらず、統合直後は多くの場合、組織内の意思決定プロセスが十分に整備されていない。そのため、様々な課題をスピーディーに解決したり、課題の優先順位付けを行ったりすることが難しい。 - 【課題3】
現場の従業員は、従来の業務を進めつつ、同時に経営統合する相手側の業務内容を理解しながら新会社の業務プロセスを構築していく必要に迫られる。そのため、現場の負担が増大する(但し、最初からどちらか一方の業務の進め方に片寄せ・一本化することが明確な場合はこの限りではない。)
PMIフェーズでは、こうした課題に対して、スピーディーなアクションをとりながら「現実的な効果」を早期に生み出す必要に迫られます。
PMIを効果的に進めるためのポイント
以上のことから、PMIを効果的に進めていくためには、次の3点が重要となります。
- 統合前から組織・人事面でのPMIの方針と計画を予め立てておく
- PMIフェーズにおいて迅速に経営判断を下せるように意思決定プロセスを明確にしておく
- 現場の業務運営上の混乱を最小限に留めるため、業務運営に関わる方針を矢継ぎ早に提示していく
PMIフェーズにおける重要ポイント
PMIフェーズにおける組織・人事関連で重要となるポイントは3点あります。
- 重視すべき3つの人事施策
- PMIフェーズにおいて統合会社の経営陣が実践すべきこと
- 「従業員意識」「従業員感情」への働きかけ
重視すべき3つの人事施策
統合直後は、時間をかけて両社の従業員の能力・スキルを比較し合い、目線合わせを行うことは困難です。しかし、能力や適性に基づく人材配置が行われず、一方の会社の人材だけが優遇されるような状況となれば、統合後も禍根を残します。
そこで、以下3つの人事施策はPMIフェーズにおいて特に重要になります。
- ①
グループ全体の人的資本最適化の観点から人材戦略を立案
- ②
中期人員計画に基づく人材育成計画の立案
- ③
人材アセスメントを通じたコンピテンシー(能力)情報の把握と活用
①グループ全体の人的資本最適化の観点から人材戦略を立案
M&Aは、グループ企業体の人的資本ポートフォリオに変化をもたらします。M&Aの効果を最大化するためには、人材育成をM&A対象企業個別の問題として捉えるだけでなく、グループ企業全体の人的資本ポートフォリオの充実化を図る観点から検討することが重要と考えます。
クレイア・コンサルティングは、様々な業種業態におけるM&Aや事業構造改革に関与し、人材育成にとどまらず、組織設計や人材フロー改革などのプロジェクト経験が豊富です。人材育成を「教育プログラムの充実」といった狭い視点でとらえるのではなく、グループ全体の人材ポートフォリオの充実化という観点から、戦略的に進めていくことを支援します。
②中期人員計画に基づく人材育成計画の立案
M&Aによって異なる人員構成の企業体が統合(またはグループ化)すると、自然退職人数や管理職平均年齢などが変化し、採用計画・管理職登用計画・再雇用計画の見直しが必要になります。
特に、管理職登用年齢の変化や部門別退職人数のばらつきは、人材育成計画にも影響します。
クレイア・コンサルティングは、M&Aによって、今後10年間の人材フローにどのような変化が生じるかシミュレーションを行い、採用や再配置などの人材フロー戦略と、人材育成戦略の整合性を図りながら、人材育成計画の立案を支援します。
例えば、M&A対象企業間における管理職登用年齢の格差を埋めていくために、登用年齢の遅い企業における管理職候補者教育を強化する一方で、引き下げられた登用年齢を過ぎている人材への対応策を検討し、管理職の若返りを図ります。
また、M&A対象企業の人的資本を効果的に活用していくために、タレントマネジメントシステムを活用した人員計画及び人材育成計画の可視化と運用も有効です。
クレイア・コンサルティングには、多様な業種業態において、多様なタレントマネジメントシステムの活用のアドバイスを行ってきた実績があります。タレントマネジメントシステムを新規に導入する場合には、対象企業の人材状況や人材マネジメント課題の観点からシステム選定のアドバイスを行うことができます。
既にタレントマネジメントシステムが導入されている場合には、M&Aの効果を最大化するためのタレントマネジメントの活用についてのアドバイスが可能です。
タレントマネジメントシステムを効果的に活用するためには、タレントデータの「質」が最も重要です。質の高いタレントデータを蓄積していくためには、人事評価をはじめとした「人材を見極める組織能力」を高めていく必要があります。クレイア・コンサルティングは、組織・人事コンサルティングの深い知見を活用して、タレントマネジメントシステムの利用価値向上を支援します。
③人材アセスメントを通じたコンピテンシー(能力)情報の把握と活用
リーダーシップなどの「コンピテンシー(能力)」情報は、企業ごとに異なる基準や目線で評価・判定されており、M&A対象企業のコンピテンシー情報が適切であるとは言えません。
クレイア・コンサルティングは、リーダー(管理職)層、中堅層、シニア層など、多様な階層向けのアセスメントツールを有しており、M&A対象企業の人材の能力把握を短期間で行うことができます。一般的に信頼性の高いアセスメントツールは、1泊2日のアセスメントセンター方式が主流ですが、クレイア・コンサルティングのアセスメントツールは、最短半日、最長でも1日でアセスメントを完了させることができます。複数の企業同士や、部門同士の比較分析も可能です。
PMIフェーズにおいて統合会社の経営陣が実践すべきこと
3つの施策以外にも、トップダウンでの働きかけとして次のような取り組みが重要です。
- 統合後の新たな組織が目指す基本方針や価値観を早期に言語化し、経営陣や管理職が様々な場面や機会を通じて統一メッセージを発信し続ける
- 新たな企業文化を実践・体現できる管理職を公正な基準で選び、統合会社の重要ポジションに配置する
- 統合直後から人事異動を積極的に促進し、旧社の垣根を取り除く
M&Aや組織再編後の企業文化の融合は、一朝一夕には実現できません。
どちらの従業員にとっても「フェアなプロセス」「公正な人材配置」と思える人事は必要不可欠です。
「従業員意識」「従業員感情」への働きかけ
クレイア・コンサルティングでは、数々のPMI支援の経験から、PMIフェーズにおいて従業員の意識をいかにポジティブな方向に変容させていくかが重要であると考えています。
当社は、2016年にM&Aを経験した従業員、特に買収された側の企業で働いていた従業員を対象に、「M&Aに遭遇した従業員は、どのような感情を抱き、更にその後どのような行動を取ったのか」について調査を行いました。その結果、被買収企業の従業員の4割以上がM&Aの発表時に転職を検討し始め、M&Aが実施された後数年以内に3割の従業員が退職していた、ということが明らかになりました。
統合直後で不安を抱える従業員に対し、早期に「連携・協働」の意識を抱いてもらい、統合組織としての融合・一体化を図っていくことがPMIフェーズの肝と言えます。
一般的にDay1直後は、新経営陣から従業員に対し、経営統合後のビジョンや今後の事業計画に関する情報が発信されます。その際、相対的に売上や組織の規模が小さい側の従業員たちは、「これから自分たちの業務はどうなってしまうのか」「自分たちの処遇は維持されるのか」といった不安を抱くでしょう。
こうした不安を早期に払拭できなければ、最悪の場合はキーパーソンの離職を招くことさえあります。多くの場合、不安は不満に変わっていきます。こうした不満は表立った反発という形で現れず、やがて暗黙の抵抗や面従腹背といった形で現れます。このような表面化しない不満や抵抗は、統合後の融和において大きな障害となります。
従って、経営陣は出来るだけ早期に明確なメッセージを発信し、従業員の「不安」を解消しなければなりません。「不安」を抱える従業員に対し、「新しいルールを理解し、慣れていくまでのステップとスケジュール」を提示し、「見通しを持たせること」「今後の展望を与えること」は、経営陣としての責務です。
また、PMIフェーズでは、管理会計や業績管理システム、業務プロセス、勤怠管理システムなどの新たな仕組みやルールが次々と導入されるため、従業員側も慣れない作業に負担を感じやすくなります。
ここでも、従業員に対して「以前の職場で慣れ親しんだ業務のやり方に固執することなく、両社の強みを生かした新たな仕組みやルールのもと、統合会社として一体となり事業を進めていく」という理念や価値観を伝え、新しい業務のやり方を少しずつ受け入れてもらう必要があります。
このように、クレイア・コンサルティングでは、PMIフェーズにおける個々の人事施策が、「経営統合直後の従業員たちに、どのようなメッセージとして受け止められるのか?」という点を十分考慮し、各施策の内容、導入時期、導入方法を慎重に検討するアプローチを行います。