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ブランド人材が重視される背景

国内では長期にわたるデフレ経済と市場の縮小に喘ぎ、海外ではグローバル企業との過酷な競争に晒されている日本企業にとって、「ブランド」は重要なテーマになっています。ブランド力の強化に取り組む企業では、ブランドはもはやマーケティング部門だけが考えるものではなく、「ブランドは全社員で創るもの」と捉え、そのためのインフラとして人事マネジメントシステムの整備を進めています。

そもそも、何故「ブランド」が重視されているのでしょうか。

ブランドの語源は、自分の家畜を他の家畜と識別するために付けた焼印であると言われています。現代のビジネス社会では、ブランドは「顧客が自社と競合他社の製品とサービスを識別する要素」です。

企業の競争戦略は大きく「差別化戦略 」と「コスト・リーダーシップ戦略 」に分けて考えることができますが、ブランドは「差別化戦略」において重要な鍵を握る存在です。特に、革新的技術での差別化が難しく、コモディティ化が進む製品やサービスにおいて、不毛な価格競争に陥ることなく利益を確保していくために「ブランド力」は大きな役割を果たします。

例えば、ホテル業界で有名なブランドとして「リッツ・カールトン」があります。1997年に大阪で開業して以来(現在では東京や沖縄にもホテルを有する)、特にスタッフの優れたサービスが高く評価され、高い顧客満足度を維持し続けており、数々の書籍でも「サービスの手本」と称されています。

つまり、リッツ・カールトン大阪は、極めて優れたサービス故に高い知名度を得ていると同時に、「憧れのホテル」として顧客から高い価値を認められており(高くても泊ってみたいと思われている)、競争の激しい都市部で顧客がホテルを選択する場面において圧倒的に優位な立場にあると言えます。

ブランド価値の源泉となる経営資源の中でも、最も重要と言われるのが人材です。例に挙げたリッツ・カールトン大阪では「スタッフの対応の素晴らしさ」がブランド価値の大きな要素となっています。サービス業に限らず、製造業であっても創造的な特徴を備えた製品を生み出すのは人材です。

例えばソニーは、商品開発で常に「ソニーらしさ」を求められていますし、スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルが「アップルらしい」製品を生み出し続けることができるか否かに注目が集まったのも、ブランド価値の源泉が人材であることの証左であると考えられます。

ブランド人材マネジメントのあり方

では、ブランド価値を高めていくための人材マネジメントとはどうあるべきでしょうか。

ブランドとは「顧客が自社と競合他社の製品とサービスを識別する要素」であるから、人材には、競合他社に対する差別的優位性を備えた付加価値を生み出すことが求められます。しかし、どんな革新的な製品やサービスは模倣されるものであり、顧客がブランドのファンであり続けるためには、企業は継続的にブランド価値を「創造」していかなければなりません。創造性が求められるのは、製品開発に携わる人材だけではありません。

例えば、生活用品を製造・販売している欧州の老舗高級ブランドでは、毎年発表される新商品の魅力を店頭で如何にして伝えるか(話法や演出方法など)を、各ショップの販売員たちが考え工夫しています。生活用品といえども高級ブランドの製品は必需品ではないため、ブランド価値を効果的に伝えることができなければ売れません。新商品のプロモーションを通じて一人ひとりの販売員が常に創意工夫していることが、顧客を飽きさせることなく商品を購入し続けてもらうことに繋がっています。

顧客はブランドに対して、平均レベル以上の品質や効能を期待しています。その期待に応え続けることで、顧客はブランドを「信頼」し、ロイヤリティを抱きます(ブランドのファンになる)。信頼を築くには時間がかかりますが、信頼を破壊するのは一瞬です。ブランドに携わる人材には、これまでに積み重ねられてきた信頼を大切にし、顧客の信頼に応えるように判断・行動することが求められます。

ある高級車ブランドでは「一人のゼロもつくらない」という考え方を人材育成の根底に据えています。自動車の製造において組織力(チームワーク)が重要であることは言うまでもないことですが、販売においても、営業マンごとに対応が異なるようではブランドとしての信頼を得ることはできないため、店舗(組織)としての品質管理が重視されています。

このブランドでは、ブランドに携わる人材全員が、自分の仕事がブランド価値に影響を与えていることを自覚し、ブランドの一員として顧客からの信頼に応えるような判断・行動を行っているかどうかを評価され、フィードバックを受けています。

ブランドとして「創造性」をカタチに現し、組織として「信頼」を積み重ね守っていくためには、ブランドで働く人々が「共通の価値観」を持っていることが求められます。その価値観はブランドを特徴づける要因であり、言い換えれば「○○らしさ」の源泉ということになります。

人の価値観を変えることは容易ではなく、近しい価値観を持った人材を採用時に見極めることが重要です。特に事業の拡大局面では、人材を急速に増やさなければならず、価値観がバラバラになりやすいでしょう。価値観という見えにくい要素を見極める術が求められます。

また、採用時の見極め以上に重要なことは「ブランドを好きになってもらう」マネジメントです。マーケットに向けてブランド浸透施策(宣伝等)を行うのは当たり前ですが、インナー(社員)に対するブランド浸透施策も同様に重要です。マネージャーには、新入社員をブランドのファンにさせる能力がなければなりません。

上記の3つのキーワード(創造性・信頼・共通の価値観)は、どれも人間の「内発的動機」と強く関わっています。つまり、会社からの評価や金銭的インセンティブによって人材を動機づけ、頑張らせようとする「外発的動機づけ」だけでは、ブランド人材マネジメントとしては不十分ということになります。

事業規模の拡大(多くの人材の活用)や、社会の変化(多様性尊重、働く意義の重視など)により、「内発的動機」にアプローチしていくことはより難しく、複雑になってきています。

クレイア・コンサルティングのアプローチ

ブランド価値を高める人材マネジメントを考える上でのポイントは、人材マネジメント体系を幅広く捉えること、特に「人材育成」と「発露を促す環境づくり」を重視し、「内発的動機」に基づく行動を引き出すことにあります。また、当然ながら、このような「内発的動機」を持った人材を「採用」の段階で見極めることも重要になります。

クレイア・コンサルティングは、経営戦略や組織戦略、あるいは評価や報酬などの制度設計に関するプロフェッショナルであると同時に、「ヒト・人材」に関するプロフェッショナルでもあります。「内発的動機」などをはじめとした「ヒト・人材」の認知・心理・能力などに関する専門的な知見も活用し、幅広く、かつ本質的な視点で、ブランド人材のマネジメントシステムを提案しています。

1.人材像の明確化

ブランド価値を高める人材マネジメント体系を考える上で、出発点であり、かつ、最も重要なことは「ブランドが求める人材像」を具体化し、人材マネジメントに携わる人々(人事部門だけでなく経営陣や職場の上司たち)が共有できるようにすることです。

「人材像」の設定自体は特に目新しいことではありません。おそらく、ほとんどの企業において「求める人材像」が設定されているでしょう。ポイントは、その「人材像」の内容が、自社のブランド価値を的確に表しているか、言い換えれば「他ブランドとの差別化要素や、自社ブランドの価値の高さ特徴づける要素が組み込まれた内容になっているか」ということにあります。

例えば、あるフランスの高級ブランドを展開している日本法人の「人材像」には、「フランス文化への興味と敬意」という要件が組み込まれています。この企業では、ブランド価値はフランス文化の中で長い期間をかけて磨かれてきたものであり、そのことを理解・尊重しながら「創造性」を発揮することが、ブランド価値をより洗練させていくことに繋がると考えています。

また、第三者機関が実施している顧客満足度調査において長期間にわたりNO.1を維持し続けている(「顧客満足度NO.1」が最大のブランド価値になっている)企業(接客・サービス業)では、 を高める方法の徹底的な研究に基づいて「慮る力」や「仲間を敬う姿勢」という要件を人材像に組み込んでいます。

人材像の整理の仕方には様々な考え方がありますが、「知識・技能」「能力・資質」「価値観」という3つの次元に分けてみると考えやすくなります。

知識・技能
業務遂行に不可欠な知識や技術を有していることです。「技術力」がブランド価値となっている企業では重要な要件となります。
能力・資質
主に思考力とコミュニケーション力です。ブランド価値を高めるような思考プロセス(ものの考え方)やコミュニケーションのあり方を構造的に整理し、要件として具体化します。先に紹介した「慮る力」は「能力・資質」に該当するが、大人になってからの教育がなかなか難しい力であり、より「資質」に近い要件と考えられます。
価値観
価値判断の基準や拠り所となるものです。多くのブランドでは「ブランドステートメント」を定めていますが、その内容に対する共感が「ブランドの価値観」であると考えられます。

人材像の設定方法例

  • 自ブランドをよく知る人材(創業者、経営者など)への構造的ヒアリング
  • ブランド価値を体現している人の行動分析(思考パターンや行動傾向など)
  • 他ブランドとの差別化要因の分析
  • ブランド価値に直結している業務プロセスの分析

類似の事業や業務を行っている企業では、「人材像」の内容が似てしまうことは当然なのですが、ブランド価値を高めていくためには、類似の事業や業務を行っている企業との「人材面での違い」を追求し、明らかにしていくことが重要となります。

2.採用のマネジメント

「人材像に合致した人材を見極める」というのはブランドの有無にかかわらず当たり前のことであり、人材像の内容が異なれば、見極めるための手法も当然ながら異なります。特にブランド価値の維持・向上という観点で、採用時に重視すべきポイントとは何でしょうか。

ブランド価値を高めることができる人材は、ブランドに対して強いコミットメントを持っています。言い換えれば、そのブランドのファンであり、そのブランドで働くことに誇りを持っています。ブランドへのコミットメントは、ブランドの思想や価値観を理解・尊重する姿勢の礎となり、ブランド価値を高めていくためのモチベーション(「こだわり」や「気迫」)の源泉となります。

また、ブランドへのコミットメントは感情的・心情的であり、評価や処遇といった外発的な刺激で高めることは難しいものです。(公正な評価・処遇は、働く人のブランドに対する信頼感を高めるという観点で重要だが、評価・処遇によってそのブランドが好きになる、ということにはならない)

すなわち、ブランドへのコミットメントの高い人材を採用するということは、主に入社希望者の母集団形成の問題(採用マーケットにおいて、ブランドのファンを増やすこと)であると考えられます。

人は、いつブランドのファンになるのでしょうか。ひとつは、自分自身がそのブランドの製品やサービスを体験したときです。もうひとつは、そのブランドに関する評判を聞いたときでしょう。

ある高級ブランドでは、来店客は、商品を購入してくれる「お客様」であると同時に、ブランドの良さを地域社会に伝えることで「将来のお客様」と「将来の社員」を育ててくれる存在であると認識しています。そのため、顧客に接する社員全員が採用担当としての役割を担っているという考えを、朝礼などで定期的に意識付けしています。また、店長は、社員が仕事に誇りを持ち、自分の仕事の価値を(直接的・間接的に)顧客に伝えることができているか、ということに常に注意を払っています。

このブランドでは、販売スタッフを募集すると、世間相場並みの賃金でも数十倍の応募があるそうです。応募者の多くが、このブランドで働くことに「憧れ」を感じており、コミットメントが高い状態になっています。もちろん、それだけ多くの応募者に対応する採用担当者の負担は大きいのですが、採用担当者も新入社員が配属される店舗の店長も「これだけ多くの応募者から選りすぐられたという事実が、新入社員の気を引き締め、ブランドに対するコミットメントをより強くしている」と口を揃えて言います。

上記で取り上げたB to C型のブランドと異なり、B to B型のブランドは、採用マーケットにおいてブランドのファンを育てることは容易ではありません。なぜなら、応募者のほとんどは、顧客としてブランド価値を体験する機会がないからです。

特に新卒採用の場面では、多くの学生が自社のブランドだけでなく、事業内容もよくわかっていない状況でしょう。従って、新卒採用のプロセス(OB訪問、会社説明会、面接)が、自社ブランドを伝え、ブランドのファンをつくる場となります。

ビジネス世界での経験がなく、顧客としてブランド価値を体験できない学生に対しては、「ブランドで働く人への憧れ(自分もこの人のように仕事をしてみたいという憧れ)」を喚起することが有効です。要するに、「他社とは違う、魅力的な人」を説明会や面接に登場させるのです。

非常に高いブランド力を持つグローバル企業において、新入社員に「なぜこのブランドを就職先として選んだのか」というヒアリングを行ったところ、実に8割の新入社員が「面接で会った○○さんは、他の会社の人とは違った。私も○○さんのように仕事がしてみたいと思った」という憧れを、入社を決断した理由として挙げました。

このブランドでは、2次面接にエース級の人材を投入しています(1次面接は若手社員)。2次面接は、応募者の見極めを行うと同時に、ブランドの魅力を活き活きと語ることで有望な応募者のリテンションを図ることが重要な役割とされています。2次面接者には、ブランドの魅力を、迫力をもって具体的に語ることが求められます。それができる人材が、おのずとエース級の人材となるそうです。

さて、当然ながらブランドへのコミットメントだけでなく、応募者が人材要件に合致した能力を備えているかを見極めることも重要です。但し、それは「即戦力となるか」という意味ではありません。

そもそも、外部から採用した人材がいきなりブランド価値を発揮・体現できるようならば、それは差別化された付加価値の高いブランドとは言えないでしょう。独自のブランド価値を維持していくためには、人材の内部育成は必須です。

従って、採用時には「自社のブランド価値を発揮・体現できるようになるか」というポテンシャルを見極めることになります。特に、採用後の教育では向上や修正が難しい、いわゆる「資質」に近い要件を見極めることが重要です。

例えば、先に取り上げたリッツ・カールトンでは、サービスマインドやチームワークなどのヒューマンスキルを徹底的に見極めています。これらの要件は、リッツ・カールトンが提供するサービス品質の根源である一方、気質・性格的な影響も強く採用後の教育には限界があります。従って、採用時に徹底した見極めを行うのです。

見極めにはテスト等のツール活用も有効ですが、最終的には「人が見て判断する」ことになります。ポイントは、複数の社員が同じ目線・基準で見極めを行うことですが、これは意外と難しいことです。面接官の目線・基準を揃えるためには、見極めるべき要件を絞込むことが必要です。

まずは、自社で設定した人材要件を、図のように4つに分類してみるとよいでしょう。そして、左下の象限(必要不可欠であり、育成困難な要件)が、採用時に徹底して見極める要件となります。(面接官の目線・基準を揃えるためには、左下の象限だけでなく、自社の人材要件の分類全体を解説することが効果的です)

人的要件の分類

3.人材育成の体系的な推進

人材育成の方法は、一般的に「Off-JT (研修)」「OJT 」「自己啓発」の3つの観点で考えることができます。

しかし、ブランド価値の維持・向上という観点では、更に「組織のメンバー全員でブランドの理念を確認し合える『場』づくり」が必要となります。

差別的優位性を備えた高付加価値ブランドを築くためには、志の高いブランド理念が必要です。しかしながら、ブランド理念の志が高いほど、その理念を実現することは容易ではなく、日々の業務場面でブランド理念と現実のギャップを感じることが多くなります。

例えば、最高水準の接客を謳っているブランド(小売業)の現場では、常に「丁寧な接客」と「販売効率」のバランスに悩んでいます。来店客数の多寡は不確実であり、常に十分な人数の店舗スタッフを待機させておくことは不可能です。一方で、スタッフのキャパシティを超える顧客が来店した時に最高水準の接客を行うこともまた極めて困難です。このような場面に直面したスタッフはどのように考え、行動するでしょうか。

スタッフAの考え方:「来店客が少なければ最高の接客ができるけれど、来店客が多い時に最高水準の接客ができないのは仕方がない。実際には来店客全員が購入するわけではないし、来店客の購買意欲を見極めて、購入しそうなお客様を重点的に接客すべきだと思う」

スタッフBの考え方:「来店客全員がその時に購入する訳ではないけれど、来店した時の接客の良さがきっかけになって、将来の顧客になってくれるかもしれない。また、私たちのブランドの良さを宣伝してくれるかもしれない。来店客が多い時でも接客の水準をできるだけ低下させないようにできないだろうか。例えば、入口に受付スタッフを立たせて、必ずご用件を確認できるようにするとか…」

ブランド理念(最高水準の接客)からするとスタッフBのように考え、知恵を絞って欲しいところでしょう。しかし、現実にはスタッフAのように考え、行動するスタッフは少なくありません。また、個人別の販売実績が優れているスタッフには、どちらかというとスタッフAのタイプの方が多いかもしれません。

このブランドでは定期的に集合研修を行ってブランド理念を教え込んでいますが、実際にはなかなか徹底されません。何故なら、ブランド理念に沿った判断や行動は「大変(面倒)」であり、「自分ひとりが頑張っても実現できない」と感じるからです。ブランド理念を理解していないのではなく、理解した上で、ブランド理念に沿った判断・行動を諦めているのです。

実は、このブランドには、ブランド理念に沿った判断・行動が徹底されている店舗もあります。その店舗の店長は「朝礼」をとても重視しています。店長曰く「朝礼では、ブランド理念を確認するだけでなく、実際に店舗で発生した『理念に沿った判断や行動が難しい場合』を題材に、どうすべきかを全員で考えさせる」ということです。

この朝礼には、実は3つの人材育成機能があります。

  1. 店長がリーダーシップを発揮して「易きに流れる」ことを防ぐ(大変・面倒から逃げない)機能
  2. 全員の知恵を引き出して結集させる機能
  3. 全員で考え方を確認・共有することによる牽制機能(お互いを律し合う)を働かせる機能

ブランド理念を解説する冊子を作ったり、ブランドを学ぶ研修を行ったりすることも重要ではありますが、「職場におけるブランド理念の確認の場」がなければ、ブランド理念に沿った判断や行動は定着せず、人材育成の効果をあげることはできません。

「ブランド」は消費者の頭の中に認識(イメージ)されるものであり、具体的な「カタチ」で見せることが難しいものです。言語化されたブランド理念は、抽象的・観念的にならざるを得ません。ブランド理念を個々の業務に落とし込んで解釈できなければ、ブランドの価値を常に意識させ、向上に向けた知恵や努力を引き出すことはできないでしょう。 

ブランド価値を高める人材育成の第一ステップは、管理職が「ブランド理念を日常業務に結びつける」スキルを備えることです。このステップを踏まずに、ブランドに関する様々な研修を行っても、十分な効果は得られません(効果は長続きしない)。

これからブランド価値向上に向けた人材育成施策を検討しようとされている企業では、まず「管理職がブランド理念を日常業務に結びつけて解釈するスキルを備えているか」を確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。

4.評価とインセンティブ制度の整備

まず、ブランド価値を高めるような創造性の発揮を的確に評価し、適切なインセンティブを付与する仕組みが必要です。

創造性の発揮を的確に評価するための前提として、ブランドに携わる人々の職種やポジション毎に「役割定義」や「ジョブディスクリプション」が、ブランド価値向上の観点から具体的に定義されていなければなりません。

例えば、商品開発担当者の役割は「ブランド理念に沿った付加価値の高い商品・サービスを生み出し、市場に送り出すこと」であり、商品開発担当者の評価には、商品やサービスの売上高やシェアといった観点だけでなく「商品やサービスがマーケットにおいてブランドイメージを高めたか」という観点が必要です。

また、顧客接点である営業担当者の役割は「商品・サービスの販売を通じて顧客にブランド価値を伝え、ブランドのファンを増やすこと」であり、営業担当者の評価においても、売上高に加えて「ブランド価値を的確に伝えるような工夫によって、新たなブランドのファンを開拓したか」という観点が必要です。

具体的な事例を紹介しましょう。インテリアの海外高級ブランドを販売するA社では、販売スタッフの「商品説明の工夫」をコンテスト形式で発掘し、表彰しています。

この商品説明の工夫とは、商品のディスプレイの仕方、商品説明のストーリー、デモンストレーションの仕方などが一体となった「ブランド価値の伝え方の工夫」と定義されており、各店舗の店長が会議の場で定期的に発表することになっています。優れた「ブランド価値の伝え方」を創造して表彰対象となった販売スタッフは、人事評価で加点され、昇給や賞与に反映される仕組みになっています。

しかし、それ以上に効果的なことは、表彰対象の販売スタッフに、ブランドの母国(欧州)への研修派遣の機会(ブランドの原点を体験する機会)が与えられることです。

創造性を発揮しようと自ら努力する人材に、創造性を刺激するような研修がインセンティブとして与えるというA社の考え方は、「ブランド理念に沿った創造性の発揮を喚起する」という目的にピッタリと整合しています。

次に、ブランドの「信頼」を守っていくために「ブランドのルールに沿った働き方をしていたか」を評価する仕組みが必要です。

ブランドの信頼は多くの人々の努力によって築かれ、蓄積されてきたものです。先輩たちが築いてきたブランドの信頼を守り、次世代に引き継いでいくために、ブランドには多くの「ルール(規則や行動指針)」が定められています。例えば、事例として何度も取り上げているリッツ・カールトン大阪では、スタッフは、顧客に対してだけでなく同僚に対しても紳士淑女として振る舞うことが求められます。

売上や利益といった成果を重視するあまり、ブランドのルールが疎かになれば、短期的な売上や利益と引き換えに、長年にわたって築いてきたブランドの信頼を棄損してしまう危険があります。現在の売上や利益は「長年にわたって築いてきたブランドの信頼」の上に成り立っているものであり、ブランドの信頼を棄損する行為は、将来の売上や利益を消滅させる行為です。

ブランドの信頼を維持していくためには、ブランドのルールを評価基準に反映するだけでなく、「ブランドは多くの人々と一緒に創るものである」という認識を持たせることが重要です。

あるアパレルブランドB社では、店舗の品質基準(清掃状況、商品陳列基準、接客態度等)を細かく定めており、定期的に店頭品質調査を実施しています。その調査結果は、店長だけでなく、店舗スタッフ全員の人事評価と賞与に反映されます。つまり、ブランドの品質基準に合致する店舗を維持するために、店舗で働くスタッフ全員で協力することを強く求めているのです。

B社では、店舗の品質基準に沿ってスタッフ同士が互いに指摘し合うことが当たり前であり、「自分はブランドのルールを守っているけど、他の人は知らない」という意識の店舗スタッフはほとんどいません。B社は、評価とインセンティブの工夫によって、ブランドの信頼を維持していくために必要な「お互いを律し合う意識」を醸成しています。

最後に、ブランド理念を評価とインセンティブの仕組みに反映させるだけでなく、その運用(例えば評価のフードバック等)を通じて、ブランド理念の確認が定期的に行われるようにしていくことが必要です。特に重要なポイントは、評価者が評価基準の意味をしっかりと説明できるようにすることです。

ある輸入高級ブランドを販売するC社では、新任店長に「評価フィードバックトレーニング」の受講が義務付けられています。C社は販売業であり、売上・利益目標の達成は店長の重要なミッションです。また、個々の営業スタッフの毎に売上や利益の金額が管理されており、店長と営業スタッフの日々のコミュニケーションは、どうしても売上や利益に関することに偏りがちとなります。そこで、ブランド理念に沿った行動を評価基準として設定し、その実践度を半年に1度振り返るようにしているのです。

C社が重視しているのは、店長とスタッフがブランド理念に沿った行動の実践状況について話し合う機会を半年に1度は必ず設定するということです。その機会に、店長は「何故ブランド理念に沿った行動が必要なのか」「どの行動が不足しているのか、それは何故か」「どうやったら改善できるか」を一人ひとりのスタッフに対して具体的に説明することを求められます。そのために、評価フィードバックトレーニングを義務付けているのです。

評価フィードバックトレーニングでは、「ブランド理念に沿った行動が評価基準に設定されている理由」を具体的に解説する練習に多くの時間が割かれています。店長は、一つひとつの評価基準の重要性を、自店舗の顧客特性や競合環境などを踏まえながら自分の言葉で解説できるようになることを求められます。

このトレーニングにはもう一つの効果があります。それは、各店長が「ブランド理念が反映された評価基準を解釈して自分の言葉で説明する」という練習を通じて、店長同士が自然と「ブランド理念の本質は何か」を議論し、ブランド理念を守っていくことの重要性を共有できるようになることです。

ブランド理念は概念的・抽象的なものですが、具体的な評価基準と結び付けて考えることが本質を理解に繋がり、店長同士で説明し合うことが価値観の共有に繋がっているのです。

ブランド理念をそのまま評価基準に組込み、報酬を変動させるだけではブランド価値を維持・向上していくことは難しいでしょう。評価とインセンティブという仕掛けによって、ブランド理念について真剣に考え、共有するような場面が日常的に発生するように、評価とインセンティブの内容とプロセスを総合的に考えていくことが重要です。

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