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【事例5】 企業理念を軸とした人事制度改革

SUMMARY
  • 急成長期を経て継続的な拡大・発展に向かうITサービス会社の人事制度改定
  • 経営者が創業期の「原点」を見つめ直し、社員一人ひとりと対話をしながら、会社が大事にしたい理念・価値観を共有し一体感を育む
  • 経営理念、人事制度、制度導入から運用まで、一貫した考え方で実行
  • 会社が大事にしたい理念・価値観を人事制度のシステムや基準に埋め込むことで、部門や職務の枠を超えてお互いが通じ合える「共通言語」をつくりあげることができた

クライアントプロフィール

業種
創業から約20年のITサービス会社K社(現在は東証プライム市場)
※関係会社は国内・海外で10社以上
従業員数
連結1,000人以上

プロジェクト開始の背景

(当時のマザーズ市場への)上場を機に、新たな事業展開を支える基盤づくりとして、体系的な人材マネジメントの仕組みづくりとしての人事制度構築の検討がスタートしたのが発端です。

K社は上場まではそれ自体を会社の目的として突き進んでいくパワーがあったものの、上場を果たした後に、どのように会社の求心力を維持・拡大していくのか、その方法を模索していました。そんな中、「仕組み」を通じて社員の行動や意識の変革を促していく当社のソリューションがフィットし、支援を依頼したという背景がありました。

想定された課題とは

K社の大きな課題は、上場後の会社の方向性が明確でなかった点です。もちろん経営の方針はありましたが、社員にとってわかりやすいゴールや絵姿がありませんでした。

また、組織が拡大するにつれて、会社の中でのコミュニケーションがうまくいかない場面が増えてきました。設立当初は社員の人数も少なく、お互いが大事にしていることが「肌感覚」で何となく伝わっていました。ところが、社員の人数が増え、組織が大きくなるにつれて、「本当に大事なこと」「優先すべきこと」が伝わりにくくなってきました。

社員全員が同じ目的・ゴールを目指し、一体感を持って成長し続けられる会社にしていくためには、「会社の目指す姿」「本当に大事にしたいこと」を、分かりやすい形で共有できるようにすることが課題であると考えました。

人事制度は、人の意識・行動を望ましい方向に導くためのマネジメントシステムです。システムに魂を込めるためには、「どういう人を高く評価し、成長させ、報いたいか」の思想を明確にし、一貫性を持って制度に埋め込むことが重要です。

K社では上場後の人や組織に関する方針や運営の仕方について、明確な指針を持っていなかったため、まずそれらの考えを経営幹部などの上層部できちんと話し合い、腹に落ちるレベルで共有する必要がありました。

どのような形でプロジェクトが始まったのか?

人材マネジメントの根幹となる思想・方針は、その会社のビジネスにとって合理的か?という観点から設計することが一般的です。

ところが、K社は対象顧客や職種が多様であったために、顧客ごと・職種ごとに合理的な要件・基準を考えていくとバラバラにならざるを得ないという難しさがありました。

顧客の違い・職種の違いに関わらず共通して大事にすべき「何か」を見つけ出すことから始めていきました。その答えは、創業社長およびキーマンたちの頭の中にあると考え、キーマンの頭の中にある「何か」を引き出し、言葉にすることを第1ステップとして構想しました。

第2ステップでは、会社が大事にしたい理念・価値観を仕組み(人事制度)に埋め込み、日々の意識・行動に浸透させていくことを目指しました。

最後の第3ステップは、人事制度の仕組みの運用を通じて、会社として大事にしたい理念・価値観をそれぞれの現場の仕事に合わせて翻訳して伝えられる「伝道師」を育てていくこととしました。

人事制度構築のアプローチ

プロジェクトの内容

1. 経営理念とビジョンの策定

1-1. 経営層向けワークショップ

まず経営幹部の「思い」を全てアウトプットさせ、言語化するための「ワークショップ」を実施し、経営幹部が求める人材像のイメージと大事にしたい行動規範を引き出しました。

下図ではそれぞれが大事にしたい行動指針を重要な順に3つ発表し、その後、本人の中で順位が1位のものを3点、2位のもの2点、3位のものを1点とし、全員のスコアを加算していきました。

経営層向けワークショップの討議イメージ

1-2. 社員意識調査とグループインタビュー

経営陣に加え、制度検討のプロセスに社員を巻き込むことで、制度づくりに対する参画感と納得感を高めていくことも重要です。

まずは全社的な意識調査を通じて、組織行動の実態と意識の状態を明らかにし、意識調査結果を題材に、社員の生の声を聞く「グループヒヤリング」を実施しました。

これらを実施することで、人事マネジメントの根幹となる「価値観」「行動規範」のヒントを引き出すとともに、社員に前向きにメッセージを受け取ってもらう上で解決すべき組織課題がないかを検索していきました。

社員意識調査とグループヒヤリング

2. 求める人材像の具体化

経営幹部ワークショップと社員との対話の中で出てきたキーワードを整理し、優先順位を付けていきます。

例えば、経営陣も社員も共通して重要だと考える要素はコアの理念・価値観として腹落ちしやすいと考えられますが、現状で不足している要素をメッセージとして強調する場合には、「なぜできていないのか」「どうやったらできるようになるのか」といった方針をセットで打ち出せるようにしました。

また、経営陣は大事だと思っているが、社員はあまり大事だと思っていない要素もいくつか出てきました。今後のビジネスの展開を考えれば不可欠であるが、今の業務を遂行する上ではあまり重要ではない要素です。このような要素については、ただ伝えるだけでは社員に響かないので、具体的なイメージが想起できるようなメッセージの伝え方を工夫する必要がありました。

求める人材像の具体化

経営の視点と社員の視点の両者を考慮しながら、大事にしたい価値観・行動規範を構造的に整理していきました。コンセプチュアルなキーワードを軸にしながら、行動規範や能力要件を具体化していきました。

行動規範と能力要件の具体化

3. 人事制度の構築

合意されたコンセプトを基に、まず人事制度の基本骨格の設計から着手し、共通の価値観・行動規範を人事制度の骨格となる「求める人材像」「人事方針」へと展開していきます。

人事制度の基本骨格設計

その上で、人事制度の構想要因である等級や評価、報酬等、各制度のグランドデザインを設計します。

等級、評価、報酬制度のグランドデザイン

3-1. 等級制度

等級制度では、次の3つを主なタスクとして実行していきました。

  • 等級決定基準の設計
  • 昇格・降格運用の決定
  • 新等級への仮格付け
等級制度の構築_タスクの設定

等級決定基準の設計では、等級定義、および等級決定基準を具体化し、社員が「どうすれば昇格できるか」を具体的に定義します。

K社では、経営理念から設定した「求める人材像」に近づいていくためのステップが等級であると捉え、それぞれのステップにおいて求められる役割(影響範囲・貢献レベル)と能力の要件をゴールから逆算して設定していきました。

等級決定基準の設計

3-2. 評価制度

評価制度では、次の4つを主なタスクとして実行していきました。

  • 評価基準の設計
  • 評価表の設計
  • 評価調整方法の設計
  • 評価マニュアルの作成
評価制度_タスクの設定

評価基準の設計においては、会社として大事にしたい理念・価値観を埋め込む形で行動や能力の評価基準を設計しました。

キーとなる理念・価値観を基準に、行動観察の着眼点・評価基準を具体化していきました。その上で、営業・開発・業務といった職種別の職務にあてはめたときに違和感がないか、わかりやすいかを検証し、現場で働く人に理解しやすい基準になるように工夫していきました。

評価基準の設計

3-3. 報酬制度

報酬制度の設計では、次の3つを主なタスクとしました。

  • 月給・賞与テーブルの設計
  • 月給・賞与シミュレーション
  • 調整措置の設計
報酬制度の設計_タスクの設定

K社は創業から長い間、中途社員で即戦力を採用することが中心となっていましたが、中途社員の給与は必ずしも実力差を反映したものではない(前職の水準を参考に設定されていた)という問題がありました。

社員の給与が実力・役割を反映した妥当なものかどうかを検証するため、新しい等級ごとの要件に照らして個人ごとの保有能力/役割の重さを精査し、新制度における格付けを検討していきました。

格付けの精査にあたっては、上長・本人・人事部の3者で面談を行い、基準に照らして期待以上なのか、期待に満たないか、について時間をかけてすり合わせを行いました。

3-4. 社内コミュニケーション設計

人事制度設計後、社員へのメッセージの打ち出し方を検討し、説明会の内容や必要資料等の準備を行いました。人事制度の解説書と評価マニュアルを作成し、理解浸透を促しました。

下図のように、グレードに求められる要件をわかりやすく具体的な行動例として明らかにし、対応するスキルと評価基準を明示することで、社員が理解しやすい形にまとめています。

定期的に評価者トレーニングと被評価者向けの説明会を実施し、評価の目線合わせを継続して行っています。

社内コミュニケーション設計_例

その後

現在の状況について

新しい人事制度の導入が一段落してから数年後に、K社の社長と会食をする機会がありました。その折に、社長がプロジェクトの開始当時を振り返って次のように話していたことが印象的でした。

「理念・ビジョンを策定した当時は、3年後のビジョンとして売上を3倍に成長させ、海外進出を果たし、グループ傘下に複数の事業会社を立ち上げる、といった目標を掲げ、社内に発信していきました。当時は絵空事としてしか捉えられていなかったように思いますが、何年か経って振り返ってみると、ビジョンとして掲げたことのほとんどがいつのまにか実現に近づいています。『思い』をカタチにして、そこに人の意識と努力を向けさせることが、会社を変える大きなパワーになることを実感しました。」

「人事制度についても同様です。会社として大事にしたい理念・価値観を人事制度の仕組みに落とし込んでいったわけですが、最初はその意味するところを理解してもらうのに相当苦労しました。ところが、数年経ってみると、一人ひとりが理念・価値観のキーワードを自分なりに解釈し、自分の言葉として話し合うことによって、だんだんと共通の価値基準として浸透していく様子がうかがえました。例えば、「この行動はまさにうちの会社が目指す『チャレンジ』だよね」という会話が、上司と部下の間、経営幹部の会議、でよく聞かれるようになりました。」

今後の課題

人事制度に100%の完成はありません。経営状況の変化や人員構成の変化に合わせて、常に見直しを行っていく必要があります。企業が成長することで、新しい人事課題が表出してくることもあります。

例えば、K社は後発組でありながら、業界トップクラスのポジションを築くまでに至りました。しかし、企業が成長して優秀な人が次々に入社してくるようになると、社歴の長い人材をどのように有効活用するかが課題になってきました。また、グループ会社に多様な事業会社が増えてくると、「個社ごとの経営環境に合わせて人事マネジメントを変えるべきところは何か」「グループで共通化しておくべきところは何か」を考えなければなりません。

当初は単一事業であったK社は、成長に伴って多様な事業を傘下におさめるに至っています。国内企業だけでなく、グローバル企業を積極的に買収しており、同社が対象とするマーケットは拡大しています。

人事マネジメントに関しても、グループで共通のプラットフォームを使いつつも、事業や地域の多様性に合わせて最適な形で舵取りしていかなければなりません。

会社の成長エンジンとなる優秀な人材を惹き付け続けるためには、金銭的報酬だけでなく、非金銭的報酬、とりわけ「この会社で働き続ける先に何があるのか?」というキャリア期待を喚起することが究極的に求められているといえます。

これを実現するには、等級・評価・報酬といった狭義の人事制度の見直しだけでなく、キャリアディベロップメントプラン(CDP)や選抜・教育制度、抜擢人事などの周辺的な制度を補強していくことが今後の課題です。

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