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IPOに向けた人事基盤整備

なぜ、IPOに向けた人事基盤の整備が必要なのか

株式公開(Initial Public Offering, 以下IPO)に向けて準備を進めるにあたり、人事・労務の立場で、まず気になるのが「規程や制度をどこまでしっかりと整備しておけばよいのだろうか」という疑問です。

おそらく、上場を予定する企業の多くは、各証券取引所で定められた上場審査基準を調べ、その審査をパスするための準備を始めるのではないでしょうか。

上場審査基準には「形式要件」と「実質審査基準」があります。前者の要件を満たし、そのうえで後者をクリアしなくてはいけません。証券取引所によって異なりますが、その企業が株式を円滑に流通させることが可能かどうかを確認し、上場企業として相応しいかを判断するという目的は共通しています。

「形式要件」は株主数や流通株式の時価総額、監査報告書といった比較的定量的な基準です。

一方、「実質審査基準」は定性的な基準のため、どこまで対応する必要があるかについての知見は少なく、後回しにしてしまう傾向があります。

人事制度も、そうした「定性的」なもののひとつで、特にIPO前後の企業においては、未整備な状態であることが少なくありません。

理由は、創業当初は中途採用を中心に人員を確保する中、採用という人事機能の一部を担う人材はいても、すべての人事機能を管掌する責任者がいなかったり、経営者が一手に担っていたりすることが多いためです。他にも、統一的な報酬テーブルや評価基準がなくても、前職をベースとした報酬決定で事足りているからということもあります。

しかし、創業から一定期間が経過し、企業規模を一層拡大する段階になると、統一的な基準で社員を評価し、実力に応じて報酬を適正配分することが必要となってきます。たとえば、人員増によって物理的に個々の社員のパフォーマンスを把握しきれなくなります。また、一定の基準で見た時に、給与に見合うパフォーマンスを出せていない社員が顕在化するケースも増えてきます。

IPOに向けた人事マネジメントシステムの整備

このように、IPOに向けた基盤整備を開始する時期は、様々な人事課題が浮き彫りになる時期と重なっているともいえます。

近年の上場審査ではコンプライアンスを重視する傾向が強くなっているため、人事課題はあらかじめ対処しておくことが望ましいです。

特に、適切な労務管理の実施を問う審査は、いっそう厳しくなっています。現時点では問題が顕在化していなくても、社員の労働時間を把握せず、その結果未払いの時間外勤務手当を放置したままにすると、将来的に人件費が増大し、企業の財務状況に致命的なインパクトを与えることにもなりかねません。

上場審査をパスすることだけでなく、企業が持続的に成長し続けていくためにも、IPO時点で人事マネジメントシステムを整備・運用しておくことが求められます。

IPOの目的達成のために

とはいえ、「人事制度を整備する必要があることは分かっているが、何から手を付けていいか分からない」といった声もあるのではないでしょうか。

これはある企業の例ですが、社員の労働時間を把握したり残業代を支給したりするシステムをそもそも作っていなかったため、IPOを機に、2年間の未払い残業代を遡及して精算したといいます。

創業間もない時期は、人事制度を整備していなくても経営者や現場の裁量によって現場で対応できていたこと、また、そもそも人事課題を課題として認識できていなかったことが主な原因といえるでしょう。

もし適切な労務管理を含む人事制度が整備されていなければ、上場審査をクリアできないリスクが高まります。法的リスクを放置したままでは、株主に企業価値を訴求することができず、IPOの目的を達成することは困難です。

繰り返しになりますが、IPO時点で人事マネジメントシステムを整え、コーポレート・ガバナンスを確立することは、将来的にも企業の発展に資することになります。

どのように人事基盤を整備していくのか ~クレイア・コンサルティングのアプローチ

IPOのための準備作業の範囲は幅広く、様々な手続きや調整を行う必要があるため、一度に完璧な人事制度を構築・導入することは現実的ではないと考えるケースも多いでしょう。

経営者を含め、企業全体で人事課題に係る知識レベルを上げていくとともに、現場で運用しやすいシンプルなマネジメントシステムを設計することがポイントです。

アプローチ1.リスク分析

最初に取り組むべきことは、リスクの洗い出しと対応方針の決定です。

網羅的にリスクを洗い出したうえで対応の優先順位を決定し、それらのリスクに対応した場合のメリット、デメリットを比較衡量してトータルにバランスを取っていきます。

一見、形式的に要件を満たしているかのように見えても、対応が不要というわけではありません。リスク分析では、「実際の運用実態と乖離がないか」という視点を含めて作業を進めていくことが重要です。

たとえば、社内規程の整備を例に挙げると、常時10人以上の従業員を使用する企業は、就業規則を作成して所轄の労働基準監督署長に届け出なければならないことが、労働基準法により定められています。

IPOの準備作業をしている企業の中には、既に就業規則や給与規程といった人事労務に係る規程類は作成済みという場合もありますが、上場審査においては、「それらの規程が企業の規模や成長ステージの実態に合っていること」、かつ、「規程に沿った適切な実務が行われていること」が重視される点に注意が必要です。

他にも、社員の自己申告によって労働時間を把握している場合、厚生労働省の「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に従っているかをチェックするといった対応が必要となるでしょう。

アプローチ2.あるべき人材像の言語化

アプローチ1のリスク分析は、「優先順位の高いリスクを放置しない」「未認識のコストを見逃さない」という発想からスタートしています。

一方で、一般個人を含む投資家から広く資金を調達し、より事業規模を拡大していくというIPOの目的を達成するためにも、企業として本来どうあるべきか・どうしたいかを明示するミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の設定は非常に重要であるといえます。

そのため、企業のMVVを「あるべき人材像」に落とし込み、人事制度を通じて社員にメッセージとして伝え、浸透させていく必要があります。IPO前後の企業の課題として、「創業期に採用した人材と、事業拡大期に採用した人材の質にギャップがある」ということをよく耳にします。

企業規模の拡大に伴い、社員にも仕事の仕方や意識面の変革が求められます。しかし、苦労して創業期を乗り切り、IPOを検討するレベルまで企業を成長させてきた社員にとっては、これまでのスタイルを変えることは容易ではありません。

IPO時に限った課題ではありませんが、全社共通の基準で社員を評価し、適正に資源を配分する人事マネジメントシステムを導入することによって、中長期的に社員の意識変革やパフォーマンス向上を実現していくことが重要です。

アプローチ3.マネジメントレベルの向上

リスク分析を行い、コンプライアンスを遵守するシステムを確立し、企業としてあるべき姿を実現していくための人事制度を整備しても、それらを実際に運用できなければ、多大なコストを掛ける意味はありません。適切な人事マネジメントの運用を徹底していくためにも、経営者を含む管理職のマネジメントレベルを継続的に向上していくことが大きな課題といえます。

現場で常に判断を求められ、対応を迫られている経営者や管理職にマネジメントを徹底させるためには、日々の業務遂行における習慣づけが有効です。

そのためには、大きく分けて

  • ルールで統制する、
  • トレーニングで底上げする、

といった手段が挙げられます。

ルールで統制する場合、たとえば勤怠管理システムの運用ルールは、実際に運用する現場や管理職のレベルに合わせた設計を行うなどの工夫も有効でしょう。

制度と運用は両輪であり、両者が上手く噛み合うことでマネジメントレベルが向上していけば、IPOの目的達成にも繋がっていくと考えられます。

AUTHOR
橋本 卓
橋本 卓 (はしもと たかし)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員 マネージングディレクター
上智大学法学部卒業

国内シンクタンクにおいて官公庁や公的機関を中心としたコンサルティングに従事後現職。
グループ再編や組織改革の一環としての人事制度構築、組織課題や従業員満足度調査の設計・実施、マネジメントトレーニング/評価者トレーニングの設計・実施、参加型ワークショップを通じた意識改革プロジェクトの設計やファシリテーション等の分野で実績を持つ。

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