- インフラ・エネルギー供給を担うXグループでは、これまでグループ各社の人事マネジメントは自立経営に委ね、本社は総人員数・総額人件費のモニタリングを行ってきた。近年の事業ポートフォリオ再構築に伴い、グループ全体で人材の需給調整・育成・処遇の整合を図る必要性が高まったため、本社に「グループ人事/戦略人事」を担う新組織を設置した。新組織に着任した本社人事責任者は、関係会社ごとに人事制度や運用・人事課題が大きく異なる状況を前に、当社に支援を依頼。主要関係会社10社を対象に現状分析を行い、課題と優先順位を整理したうえで、本社によるグループ支援の枠組みと実行計画を設計・導入した。
- 主要関係会社10社を対象にアンケート、ヒヤリング、定量データ収集を行い、顕在化している課題に加え、将来的な人員構成を含めた構造的課題を整理・可視化した。そのうえで課題に優先順位を付け、「本社が担う領域/各社に残す領域」を明確化し、本社によるグループ支援の枠組みを設計した。
- 各社バラバラのデータから正しく意味合いを読み取るために、まず共通言語とデータの型をそろえて横断比較できる状態をつくり、次に採用・処遇・育成などの意思決定を支える判断軸と運用を整え、最後に人材交流や重点投資などを試行し、横展開する——という順でロードマップ化した。さらに、プロジェクトを通じて見えてきた論点を「本社が踏み込むべき5つのサイン」として整理し、末尾にチェックリストとしてまとめた。
クライアントプロフィール
- 業種
- インフラ・エネルギー供給(複数の事業会社・関連サービス会社を保有)
- 従業員数
- グループ合計約1万名規模
- 期間
- 現状分析 3ヶ月、枠組み設計 2ヶ月、立上げ・導入支援 7ヶ月、計 1年0ヶ月
プロジェクト開始の背景
複数の地域にまたがるインフラ・エネルギー供給及び関連サービスを担うXグループは、数十社にのぼる関係会社を含めて約1万名規模の大企業です。
数十年にわたり関連サービス会社の吸収合併を繰り返してきた経緯もあり、これまでの本社のグループ人事は関係会社に対する「総人員数」と「総額人件費」のモニタリングが中心で、採用・配置・評価・報酬などの人事マネジメントは各社の自立経営に委ねていました。
しかし近年、事業ポートフォリオ再構築が進み、重点分野・成長分野への人材シフトや専門人材の獲得が経営課題として顕在化しました。加えて、グループ各社の人材情報が会社ごとに分断されており、「どこに・どのようなスキル/経験を持つ人材が・どれくらいいるのか」を横断で把握できないことが、事業再編のスピードを下げるボトルネックになっていました。
Xグループでは数年前にタレントマネジメントシステムを導入したものの、対象者が管理職層など一部に限られていたり、入力項目や更新頻度が各社で揃っていなかったりして、配置・育成・処遇の意思決定に使える形になっていないのが実態でした。経営層はグループ横断での人材マネジメント再構築の必要性を認識し、本社に「グループ人事/戦略人事」を担う新組織を設置しました。
新組織に配属された人事責任者は、関係会社ごとに制度・運用・人材構成が大きく異なる状況を前に、「どの論点から現状を把握し、何を優先すべきか」「本社がどこまで踏み込み、何を各社に残すべきか」を定められず、課題設定を含めて外部支援を求めました。
【スケジュール概要】
現状分析(約3ヶ月)→課題と優先順位付け→枠組み設計(約2ヶ月)→立上げ・導入支援(約7ヶ月)
| フェーズ | 1ヶ月目 | 2ヶ月目 | 3ヶ月目 | 4-12ヶ月目 |
|---|---|---|---|---|
| 調査設計 | 論点整理/対象選定 | アンケート設計 | ||
| データ収集・比較分析 | アンケート配布・回収 | ヒヤリング | ||
| レポート・提言 | 課題類型化/優先度 | 支援枠組み・体制設計 | ||
| 導入・立上げ | パイロット実行/横展開 |
プロジェクトの内容
1.関係会社の実態把握と課題の可視化(主要10社の横串比較)
はじめに、主要関係会社10社を対象にアンケート、ヒヤリング、定量データ収集を行い、それらを組み合わせて各社の人材・人事の「いま」を比較可能な形に整理しました。
ここで拾い上げるのは、目の前の困りごと(顕在課題)だけではありません。例えば、各社が同様の調査・ベンダー選定・制度改定の検討を個別に繰り返し、工数と費用が積み上がっているといった「非効率が当たり前になっている状態(潜在課題)」も含めて把握することを目的としました。
加えて、中期戦略(重点分野への投資・事業再編)に照らし、将来の人材需給や管理職・専門人材の確保に関する構造的な課題まで、一気通貫で見立てることを重視しました。
アンケート、ヒヤリング、定量データ収集から着手したのは、関係会社ごとに制度・運用・課題が異なり、議論の出発点がそろわないことを懸念したためです。例えば、A社は「新規採用に苦戦している」、B社は「最低賃金引き上げ対応による人件費インパクトが大きい」、C社は「評価が形骸化している」といった具合に、それぞれが「いま困っている論点」を持ち寄っても、優先順位の合意に至るのは非常に困難です。
そこで、①アンケートで論点を広く拾い(困りごと・重複業務・先送りテーマ・中長期論点まで)、②ヒヤリングで意思決定の背景や制約条件を確認し、③定量データ(人員構成・離職・採用KPI・教育投資・人件費構造など)を用いて事実関係の検証を行いました。
この「定性×定量」を最低限の共通フォーマットにそろえることで、中期戦略に効くボトルネック(どの会社の・どの層で・どの機能に課題があるか)を、グループとして比較可能な形で特定させました。
2.現状分析から見えてきた主要な課題
収集した定性・定量情報を横串で比較した結果、各社固有の事情はあるものの、グループとして優先的に対応すべき論点は、大きく次の4点に集約しました。
①事業再編を前提にした人材ポートフォリオが描けていない
成長分野で必要となる職種・スキルの定義が各社で異なり、横断で「誰が・どこに・どの程度いるか」を特定できないため、配置転換・育成投資・キャリア採用の判断が個社最適にとどまっていました。
その結果、成長案件の立ち上げが遅れたり、グループ内にいるはずの人材を外部採用で重複確保してしまったりといった機会損失が生じ得る状態でした。
【各社の事業特性・環境から読み取れる人事・組織課題のパターン】
②採用・処遇の意思決定が都度対応になっている
採用難や賃金相場の変化に対し、各社が手元の情報をもとに個別に対症療法的な対応を行っており、重点職種への投資優先順位や報酬レンジの考え方、オファー判断の基準が共有されていませんでした。
採用コスト、募集~採用のリードタイム、入社後定着、離職理由などのKPIをそろえて比較すると、「採用プロセスの効率の問題」と「魅力(報酬・働き方・育成)の問題」が混在しており、施策の方向性がまとまっていないという実態が見えてきました。
【新卒採用活動の各プロセスにおける応募者を100とした人数の推移】
③人員構成とマネジメント品質のばらつきが、中期の事業継続リスクに直結している
年代別の人員構成と離職率をあわせて見ると、30〜40歳代の層が薄いことや世代交代の停滞が一部で進行しており、管理職候補の確保・育成が計画的に進めにくい状態が見られました。
加えて、評価・育成面談・配置の運用の質が会社や部門によってばらつき、中堅層の離職や生産性低下、管理職の空洞化を招く一因となっていることが分かりました。
④人的資本指標が「モニタリング」に留まり、改善の打ち手に接続できていない
グループとして人的資本指標を開示している一方、各社が設定している指標(例:離職率、採用充足、エンゲージメント、女性管理職比率、研修受講・教育投資など)は定義・算出方法・対象範囲がそろっておらず、集計頻度もまちまちでした。
本社側の定例モニタリングは総人員数・総額人件費が中心で、人的資本指標は主に年次の集計・報告にとどまっていました。そのため、「どの会社のどの層がボトルネックで、どうすれば改善するのか』を同じ物差しで議論できない状態でした。
これらの課題は、まず「比較可能な物差し」をそろえて優先順位を合意し、本社が担う支援(共通の判断軸・データ整備・専門支援・会議体運営等)と、各社に残す領域を切り分けたうえで、段階的に解消していく論点として整理しました。
3.本社によるグループ支援の枠組み設計
前章で可視化した課題に対し、本社として「何を共通化し、何を各社の裁量に残すか」を設計しました。
ポイントは、いきなり制度統一に踏み込むことではなく、
- 共通言語とデータの型をそろえて「事実で会話できる状態」をつくる
- 意思決定の判断軸を整え各社の都度対応を減らす
- グループ横断の施策は重点領域に絞って実施する
といったように、順を追って効果を積み上げることです。
本プロジェクトで提示したソリューションは、次の4つの論点に整理できます。
(1)人材ポートフォリオを描くための「共通言語」と「データの最小要件」を定義
職種・スキルの粒度、管理職/非管理職、雇用区分、採用区分など、横断で比較するための定義を最小限にそろえました。あわせて、人員構成・離職・採用KPI・教育投資などのデータ形式を統一し、10社を同じ物差しで並べられる状態を構築しました。これにより、「どの会社のどの層にどのような課題があるか」を定量で示し、投資・施策の優先順位を議論できるようになりました。
(2)採用・処遇を「都度対応」から「判断できる仕組み」へ(意思決定のガバナンス設計)
採用難や賃上げ局面では、各社の経験則だけで意思決定すると、採用効率の悪化や固定費化リスクが生じます。そこで、外部相場・社内水準・職種別の需給を踏まえた判断軸(重点職種の定義、報酬レンジの考え方、オファー判断のルール)を整理し、各社が同じ前提で議論できるようにしました。あわせて、採用・定着KPIの定義をそろえ、「どこにテコ入れすべきか」を数値で語れる状態にしました。
【関係会社における人材マネジメント】
(3)人員構成・マネジメント品質のばらつきに対する「タイプ別施策」設計
年代構成と離職の組み合わせから各社をいくつかのタイプに類型化し、各社タイプごとに優先すべき論点(世代継承、管理職候補の確保、育成・評価の運用補強等)を整理しました。これにより、様々な課題を抱える関係会社に同じ施策を適用するのではなく、「各社が抱えている課題に効く施策」を段階的に実施できるようにしました。
(4)人的資本指標を人材KPIにブレイクダウンし、グループ内でのモニタリング観点として具体化
グループとして開示している人的資本指標を改めてブレイクダウンし、関係会社が抱える現実的な課題解決に直結する指標として作り直し、グループ内で共通にモニタリングできる観点として再定義しました。
具体的には次のようなものが挙げられます。
- リテンション(離職率):全社平均だけでなく、重点職種・若手中堅・管理職候補など「事業への影響が大きい層」の自己都合退職率、入社後1~3年定着率、離職理由の類型(処遇・成長・上司・配置など)
- エンゲージメント:総合スコアに加え、スコアに影響を与える主な要因(上司のマネジメント、成長機会、負荷、報酬納得、心理的安全性等)のうち、各社でボトルネックとなっている項目
- DE&I(女性活躍等):女性管理職比率を最終指標としつつ、採用→配置→育成→登用の「パイプライン指標」(女性の採用比率/育成プログラム参加率/昇格候補者比率/登用率など)
- 育成投資:事業への影響が大きい専門知識・スキル(例:エンジニアリング系の有資格者、プロジェクトマネジメント等)の保有者数・育成到達(修了・認定)/内部登用・社内公募による充足率
これらのソリューションは、本社が関係会社の自立性を損なわずに効果を出すための施策です。次章では、施策を継続的に回すための体制構築について説明します。
4.グループ人事機能(CoE/OPE/HRBP)の設計と役割明確化
体制と役割が曖昧なままだと、将来的に現場任せの状態へ戻ってしまう恐れがあります。そこで施策の実行にあたり、本社のグループ人事をCoE(専門・企画)、OPE(運用・共通サービス)、HRBP(事業起点の戦略人事)の3機能に分け、関係会社および本社事業部のカウンターパート(人事管理担当)との接点を定義しました。
【課題解決の切り口】
| 機能 | 主な役割 | 成果物・提供価値 |
|---|---|---|
| CoE (Center of Excellence) | グループ人材戦略、制度・ガイドライン、指標設計、専門テーマの知見提供 | 判断軸・標準・ロードマップ/人的資本KPI |
| OPE (Operations) | 共通サービス運用、データ基盤、相談窓口、会議体運営 | 工数削減/品質の底上げ/スピード向上 |
| HRBP (事業HR) | 事業計画・中計と人材を接続、要員計画、組織設計、投資提案 | 事業の意思決定に効く人材・組織打ち手 |
HRBPは、人事の専門家ではない事業側責任者にも理解できる“翻訳者”として機能する必要があります。本プロジェクトでは、HRBPに期待する役割を会議体(中計・予算・投資審議)に紐づけて定義し、現場が迷わず動けるようにしました。
その後
現在の状況はいかがですか?
初年度は、各社のデータ形式・定義をそろえて横断比較できる状態を整えつつ、採用・定着領域では分科会運営や情報共有(外部相場・成功事例・KPIの見方)を試行し、あわせて人事相談窓口の立上げを開始しました。
関係会社側からは、情報共有がなされたことで他社の実務ノウハウや外部相場を把握できる点がメリットとして評価され、本社側は、人的資本指標のボトルネック(どの会社のどの層にどのような課題があるか)を「同じ物差し」で把握できるようになりました。
次年度以降は、人材の流動化(異動・兼務・出向を含む)や重点職種・次世代幹部候補への投資といった施策を試行し、成果が確認できたモデルを横展開する計画です。
成功要因は何だったのでしょうか?
成功要因は、以下の3点であると考えます。
- 本社グループ人事の目的を「統制」ではなく「自立経営を支える支援」と定義し、関係会社の心理的安全性を確保したこと
- 定量データと現場の声(アンケート・ヒヤリング)をセットで比較し、“支援の優先順位”を合意できる材料を揃えたこと
- いきなり制度統一に踏み込まず、「共通言語・データの型をそろえる → 判断軸と会議体で意思決定を整える → 重点領域から横断施策を回す』の順で、検証しながら効果を積み上げたこと
まとめ
5つのサインに当てはまったら、最初にやるべき3つのアクション
本事例を踏まえ、関係会社の人事に踏み込む必要性を社内で説明し、着手範囲や優先順位を決めるための共通言語として「5つのサイン」を整理しました。
また、そのサインに当てはまった場合に、まず取るべき行動を「3つのアクション」として示します。
チェックリスト:本社が踏み込むべき「5つのサイン」
※複数該当する場合は、まず「共通言語・共通データの整備」と「判断軸づくり(意思決定の仕組み)」で土台を作り、次に人材交流や重点投資など横断施策へ段階的に広げる設計が有効です。
上記を実行することで、関係会社の自立性を損なわずに、グループとしての人材戦略と人的資本の改善に向けた「踏み込み」を現実的なスピードで進めることが可能になります。
最初にやるべき3つのアクション
- サインの“有無”ではなく“どこがボトルネックか”を決める:年代別構成・離職・採用KPI・要員計画の最低限の共通フォーマットを揃え、主要関係会社から横串比較を始める。
- 介入の定義を「統制」ではなく「自立経営を支える支援」に置く:まずは共通言語・共通データの整備と判断軸づくりで「事実で会話できる状態」を作り、関係会社が動きやすいテーマから成功体験を積んだうえで、人材交流や重点投資など横断施策へ段階的に広げる。
- 体制(CoE/OPE/HRBP)と会議体を先に結ぶ:中期経営計画・予算・投資審議のどこで誰が何を判断するかを明確にし、施策が「現場任せ」に戻らないようにする。







