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ニューノーマル時代の人事・労務管理

SUMMARY

突如訪れた、新型コロナウイルス(COVID19)により急速に広がったリモートワーク(在宅勤務)は、政府が推進してきた「労働人口の減少(人手不足)への対応策や多様なワークスタイルの選択肢」としてではなく、「感染拡大対策や事業継承性の確保(BCP)」がきっかけでした。

しかし今後は、リモートワークというワークスタイルがニューノーマル(新しい様式)となり、結果として政府が主導している「労働人口減少への対応策や多様なワークスタイルの選択肢」の追い風になることは間違いありません。

日本的雇用を前提としていた企業が、「労働人口減少への対応策や多様なワークスタイルの選択肢」において、①リモートワークを導入する上で整理する必要がある職務遂行の3要素、②3つの要素を念頭においた人材マネジメントの再整備、③ニューノーマル時代のリモートワークに関連した人事・労務コンサルティング事例についてまとめます。

SUMMARY

リモートワークの導入時に整理する必要がある職務遂行の3要素

日本企業にとって、今回のリモートワークの急速な普及によって明白になったことは、職務遂行上の3つの要素、すなわち、「人材(本人)」「管理職(職務の指示者)」「」を整理する必要があるということです。

職務遂行上の3要素
オフィスワークとリモートワークの職務遂行要素

以下、3つの要素について説明します。

S1:人材(職務遂行者)

人材は、職務や役割における価値発揮が求められる。

オフィスワークでは、個人が自力で職務や役割を遂行できなくても、場における管理職や他メンバーの支援を通じて、結果を出し切ることができました。しかしリモートワークでは、一定時間を本人に委ねることとなり、個人の習熟度によって職務の遂行度合いが異なります。

特に、クリエイティブな職務を担う人材は、職務遂行プロセスのパターンが多様であり、個人の暗黙知や得意な思考パターンに委ねざるを得ません。職務遂行プロセスが個人に内在しているため、たとえ優秀な人材でも経験不足などで「何から」「どうやって」職務を遂行すればいいのか分からなければ、自力で役割を果たすことができないでしょう。

今回のリモートワーク拡大のきっかけが「企業活動を止めない」というBCPであったため、致し方なかったとはいえ、未習熟なリモートワーカーが非生産的な状態に陥っていたことは否めません。

S2:管理職(人材の管理監督者や職場の担当管理職)

管理職は、部下の職務や役割を本人に明確に示して腹落ちさせ、役割を果たすまでの職務遂行プロセスの管理と、OJTを柱とする人材育成を行います。

オフィスワークでは、管理職が、日常的に「仕事の管理」と「人材育成」を行いやすい場が形成されていました。リモートワークでは、そのような支援が得られない中で、部下への職務状況の管理不足、習熟度の低い部下へのOJT不足、メンタルヘルスも含めた労務管理不足などのリスクが高まり、より高度な管理能力が求められます。そして、部下が自力で職務や役割を遂行できるように、任せられる職務範囲(ジョブサイズ)を再分業する必要があります。しかし、部下の過重労働や職務怠慢等に対する労務管理に気を取られるケースや、管理職が生産性の低い部下の職務を引き取ることで疲弊する、というケースも見られました。

また担当管理職(ポストオフ管理職)は、価値発揮にばらつきが見られました。ライン管理職の職務管理や労務管理、育成などの役割を補佐し、環境変化により顕在化した課題に即時対応して存在価値を示した担当管理職もいれば、職務分担が曖昧な中、在宅勤務というブラックボックスにおいて、曖昧な存在として存在価値を示せなかった担当管理職もいました。コロナ以前にも増して不確実性が高まる中、管理職には、リモートワークを通じてより高度な管理能力やリーダーシップが求められていることは間違ないでしょう。

F:場(労働環境)

場は、管理職の様々な管理機能を支援し、また人材の職務遂行の生産性を高めつつ、安全かつ健康を維持できる労働環境を提供する機能を担います。

オフィスワークでは、場が、管理職と人材を一つになる物理的な空間を形成し、諸機能を果たしていました。リモートワークでは、自宅を職務遂行上の生産的な労働環境に再整備する必要があります。つまり、デジタルインフラを整え、自宅という場を公私のメリハリが持てる空間に変えて、労働時間の管理や、心身の健康を確保しながら職務に取り組めるよう配慮する義務があります。リモートワークという環境は、ICTインフラだけに留まらず、事業場外における就業管理や労働環境など、労働基準法や労働契約法上のリーガルリスクが高まるため、企業側には、規程類を整え、社員の健康や安全を維持・管理できる労働環境の提供など、オフィスワーク以上のリスクコントロールが求められるでしょう。

3要素の課題の多くは「トータル人事システム」の課題から発生

リモートワークの導入にあたり3つの要素の整理が必要であることを示してきましたが、それらの課題は、実は企業の「トータル人事システム」を実行する上での課題なのです。

そもそも「トータル人事システム」を実行するということは、

-空間的に離れた場所で、

-企業として共通の目的を常に提示し続けて、

-個々に違う機能を部下の社員が務める職(職務)を役(役割)として割り振り、

-個人の労働環境を整備して、安全配慮を行いながら、

-一定の自由とともに行動させ、

-社員間同士でもお互いに支え合い教え合うという学習する組織を形成しつつ、

-事業の持続的成長を目指して知の創発(暗黙知)を生み出す「場」を形成し、

-組織全体の競争力を高めるための一機能として価値を最大化しないといけない、

という極めて難易度の高い営みであるといえるでしょう。

つまり、リモートワークによる職務遂行に課題や不安がある企業は、今一度、自社のトータル人事システムから点検し、再整備することが必要であるということです。

トータル人事システムの再整備とは、すなわち、

  1. ビジネスプロセス・機能のあるべき姿
  2. あるべき姿の定義
    A)業務プロセスの再設計
    B)職務/役割の再定義
  3. 組織構造の設計
  4. 実現するための人事制度設計
  5. 人材フロー設計
  6. 人材育成制度設計
  7. 採用戦略策定・実行

であり、その一連のシステムが機能すれば、職場のマネジメントによる職務遂行が円滑になります。

トータル人事システムの再整備

トータル人事システムを再整備することで、リモートワークという「職場」のマネジメントである3要素が有機的に機能し、自社の掲げる戦略が実行されます。

リモートワークに関連した具体的なコンサルティング事例

リモートワークに関連した人事課題のコンサルティング事例を紹介します。

  • 事例1.人材区分別の雇用条件や労働条件の再整備
  • 事例2.就業規則や時間管理制度の変更の必要性
  • 事例3.リモートワークに関する就業規則の改訂
  • 事例4.労働時間の適正な把握の必要性
  • 事例5.裁量労働制適用外の社員に対する裁量的な働き方の実現方法
  • 事例6.健康や安全に配慮した取り組み
  • 事例7.リモートワークとオフィスワークとの就労時間中の移動に関する取扱い

事例1.人材区分別の雇用条件や労働条件の再整備

この事例における企業Aでは、事業特性と今日的な社会環境や法的要件を踏まえると、全社員一律に在宅勤務を導入することは適切ではないと判断しました。特に企業Aがこだわったことは、全社としての業務改革(生産性を高めるための人材の質と量を高める取り組み)と、ダイバーシティの取り組み(働きやすい職場環境づくり)を目指しており、多様な働き方の1つとして、在宅勤務の選択肢を設けたことです。

業務改革の枠組みとしては、「人事制度」の上位概念である「職務/役割の再定義」において、人材の質と量の観点を整理し、人材の質的課題を「自律的・創造的に働く意欲と能力」、人材の量的課題を「働き方の制約」という4象限にまとめました。

人材区分による雇用条件などの再整備

次に、4種類の人材それぞれに対し、在宅勤務についての考え方を整理して、在宅勤務の可否も含めた仕組みを整備しました。

雇用条件等在宅勤務のための再整備

事例2.就業規則や時間管理制度の変更の必要性

リモートワークの導入に際して、絶対的記載事項(始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、賃金など)である労働条件に変更がなく、「働く場所」の選択肢を増やすだけの場合は、就業規則を変更することなく導入することが可能です。

しかし、多様な働き方として、就労時間、休憩の自由を期待する場合は、必ず就業規則の該当箇所を確認する必要があります。時間管理制度には、「事業場外みなし労働時間制」「裁量労働制」「フレックスタイム制」などがあります。いずれも、就労時間の管理責任の一部を、個人の裁量にゆだねる考え方であり、多くのリモートワーク導入企業には、これらの自由裁量を加えた時間管理制度が導入されています。

時間管理制度の法的選択肢

事例3.リモートワークに関する就業規則の改訂

時間管理制度を変更する場合、「就業規則そのものの変更」と、「就業規則とは別の規程として、リモートワーク勤務規程を作成」する方法があります。いずれも他の規程変更時と同様、社員代表や組合からの意見書による意見聴取を行うなどの所定の手続きを行い、労働基準監督署に届け出る必要があります。

事例:リモートワーク勤務規定

(対象者)リモートワーク勤務は、次の各号の条件をすべて満たす者とする

  1. リモートワーク勤務を希望する者
  2. 従業員の自宅で業務遂行することにより、作業能率又は生産性の向上、健康福祉の改善が認められるものとして、所属長の承認を得た者
  3. 前項に関わらずリモートワークが業務に支障を及ぼすと判断される事由が発生した場合には対象外とする

(業務の範囲)リモートワーク勤務にかかる業務の範囲は、次のとおりとする

  1. デジタルツールを用いた資料作成業務
  2. 会社貸与のスマートフォンやメールによる調整業務
  3. Web会議システムの活用による会議への参集
  4. データのとりまとめ、分析に係わる業務
  5. 前各号のほか、会社が必要と認める業務

(報告)業務開始及び終了時に、日次の業務内容の計画と実績を上長へ連絡しなければならない。

(手続き)上長は、業務上その他の事由により、リモートワーク勤務の承認を取り消すことができる。

事例4.労働時間の適正な把握の必要性

時間管理制度を導入しても、労働時間の適正な把握を行う必要性は変わりません。管理監督者は、1日何時間の労働であったかの把握だけではなく、労働日ごとの始業時刻や終業時刻を確認・記録し、何時間働いたかを把握・確定する必要があります。

リモートワークによって高まる健康面や安全面、未払いや申請なしの残業実績などのリスクに対し、終業後のメール送受信の停止、社内サーバへのアクセス禁止、ノートPCやモバイル端末の電源設定の遠隔操作など、情報通信技術を駆使した企業としてのリスク対策が求められます。

そして、やむを得ず自己申告制による労働時間の把握を行わざるを得ない場合は、「労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うなどについて十分な説明を行う」「必要に応じて実態調査を実施する」等が必要となります。

事例5.裁量労働制適用外の社員に対する裁量的な働き方の実現方法

自律的・裁量的職務を担っているが、法的に裁量労働制を適用できない社員に対しては、時間外手当の前払いによる支給を通じて、一定の時間内に仕事を終わらせることができるよう、「仕事を任せる側(管理職)」と「任される側」がともに知恵を絞り、工夫しながら働くことを促す(「残業は仕方がないこと、残業には時間外手当で報いる」という考え方から脱却する)風土を醸成する必要があります。

事例:「裁量労働制」の適用外の職務における「裁量」的ワークスタイルの導入

  • 36協定で定める時間外労働時間の枠内において、一定(20時間、30時間な ど)の残業時間相当の時間外勤務手当を前払いとして支給する。
  • 時間外勤務の蔓延を防ぐため、生産性向上施策と労務管理強化を同時並行で行い、総労働時間の短縮目標をKPIとして定める。
  • 職務遂行能力の高い人材に職務が集中しやすく、結果として過重労働となりやすいため、成果(アウトプットの質×アウトプットの量)を通じて、報酬へと反映する。また、高度プロフェッショナル制の枠組みを考慮した報酬設計を行う。
  • クリエイティブな組織機能の管理監督者は、不確実性の中で新たな価値を生み出す「変革型リーダー」タイプの管理監督者を据える。

事例6.健康や安全に配慮した取り組み

リモートワーカーに対して、就労開始時と終了時の報告、就業の場所としてリモートワークを行う場所、職務内容の計画と実績の報告を適時行うよう義務づけ、管理職はその職務内容の負荷と労働時間の妥当性を判断する必要があります。また、必要に応じて業務量の是正を行うこともあるでしょう。

更に、健康増進上の施策と連動し、適度の運動や、全社一斉の健康体操を行うなどの取り組みも推奨されます。

育児を理由とする在宅勤務で「子どもが寝静まった深夜に仕事がしたい」という要望を耳にしますが、社員の睡眠時間の確保を考慮し、認めない判断を下すことも重要です。

そして、心身の健康を定期的にモニタリングする機能として、産業医による定期面談や外部コンテンツを用いたメンタルヘルスチェック、従業員支援プログラムEAP(Employee Assistance Program)の活用など、複合的かつ有機的にリモートワーカーの安全確保に努める取り組みが望まれます。

またリモートワークでは、共通の目的・価値観を確認することや、チームワークやコラボレーションを高める機会を意図的に作り出す必要性から、次のような施策を導入している企業もみられます。

事例:社員コミュニケーションを促進する施策

  • 早朝ミーティングの定期開催
  • オンラインランチ会の経費補助(1回1名一律500円)
  • オンライン飲み会の経費補助(1回1名一律1,000円)
  • Web会議システムの活用時の顔出しルールによるピアカウンセリング機能の醸成

事例7.リモートワークとオフィスワークとの就労時間中の移動に関する取扱い

リモートワークとオフィスワークを併用する場合、移動時間が指示されたものであるかどうか、またその移動時間中に業務指示があるかどうかが重要です。

主な判断基準は以下のとおりです。

  • 使用者の指揮命令下に置かれている時間であるか否かによる個別具体的な判断
  • 使用者が移動することを命ずることなく、単に労働者自らの都合により就業場所を移動する場合は移動時間といて取り扱うことが可能
  • 自由利用が保障されているような時間については、休憩時間として取り扱うことが考えられる
  • 使用者が労働者に対し業務に従事するために必要な就業場所間の移動を命じており、その間の自由利用が保障されていない(モバイル勤務などの)場合の移動時間は労働時間に該当

リモートワークの導入には、ワークスタイルの多様性の拡大など、利益変更となる規程改定となります。しかし、その適用対象者が一部である場合は、労働者間の不平等という課題が生じるため、組合や社員代表と丁寧に協議し合意を得ておく必要があります。

まとめ

リモートワークを通じて顕在化する課題の多くは、トータル人事システムの枠組みにおける課題の縮図にすぎません。そのため、近視眼的にリモートワーク単体の副作用ばかりに気を取られてリモートワークそのものの導入を見送ったとしても、本質的なトータル人事システムの課題の解決にはなりません。向き合うことは、ビジネスプロセスに沿った人材価値の最大化の課題であり、将来にわたり事業を展開する源泉となる知を創発し続けるための課題です。組織設計や人事制度設計を通じた管理職のあり方などを再整備した結果として、持続的に職務を遂行できる人材に対し、生産性を維持・強化するための選択肢の1つとして、リモートワーク環境を整備することが肝要です。

今なお続く、コロナウイルスの脅威に対し、私たちは環境変化に適応しながら進化を遂げていく必要があります。これまでの歴史を見れば、景気後退期や不況期において力強く取り組んだ企業と、同時期に不透明な環境変化に対応せず、即応措置に留まって対応した企業とでは、その後の景気回復期の事業成長においての優勝劣敗が拡大します。

リモートワーク導入時に、自社の人材マネジメントを有効に機能させるためのトータル人事システムを再整備し、将来に向けた競争優位を生み出す準備に取り組む必要があります。

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