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日本におけるHRテクノロジーの行く末

和田 実 2023.11.24

2022年11月にOpenAI社がリリースしたChatGPTの登場を契機に、米国ではAIを中心としたHRテクノロジーの統廃合や、人事マネジメントそのものの変革が進んでいるようです。

元々米国では、2022年以前からHR領域に限らず金融や小売、製造業等様々な事業領域でAI活用が進んでいたこともあり、AIに対する向き合い方の次元が日本とはかなり異なっている印象ですが、これを“対岸の火事”(自分には全く無関係と開き直ること)とするか“他山の石”(直接関係ないが何等か参考にしようとすること)とするかで、日本の人事マネジメントの変革度合いも変わってくるのではないでしょうか。

本コラムでは、日本国内でHRテクノロジーがどの程度進展してきているのかを、機能面・技術面から確認し、これからの日本のHRテクノロジーの発展余地を考察してみたいと思います。

HRテクノロジーの歴史

“HRテクノロジー”または“HR Tech”という言葉自体は2000年前後から米国で使われ始めたようですが、日本で注目を浴び始めたのは2015年頃からのようです(*1)

もちろん単なる“HR領域におけるIT活用”ということであれば、日本でも2015年以前から人事給与管理や労務管理をはじめとしたHRMS(HRマネジメントシステム)というものは存在していました。

しかし、①モバイル・ソーシャルの爆発的普及、②ユーザビリティの飛躍的な向上、③AI技術のブレイクスルーといった“テクノロジーの進化”*に伴い、2010年代からテクノロジーを軸としたスタートアップが次々とHR領域に参入しました。そしてここに、古参のHRMSベンダーだけでなく、元々は紙媒体や対面でのサービス提供が主だった人材紹介・研修会社等の人材サービス業者も加わることで、日本にもようやく“HRテクノロジー”の波がやってきた、といえる状況が出来上がったと言えるでしょう。

*テクノロジーの進化についてより詳しい解説は、【コンサルタントコラム】テクノロジーの進化が促すHR領域の変化(前編)を参照ください。

日本国内のHRテクノロジーの特徴

結論から先にお伝えすると、日本におけるHRテクノロジーと言われている製品・サービス約1000種類を、機能面・技術面で調査・分類した結果、大きく2つの傾向があることが分かりました。

  • 〔機能面〕人事部門主導の中央集権的な人的資源管理を支援するためのサービスが大半で、社員の視点でいわゆる従業員体験を高めるようなサービスはまだ多くない
  • 〔技術面〕従来紙などで実施していたものをオンライン化しただけのものと、UI/UXといった見た目の分かりやすさや使い勝手の良さを向上させたものが大半で、テクノロジーの進化の中核となる双方向性やAIを活かしたものはまだ少ない

上記の結論は、株式会社Lifeplay社が収集・分類した「HRテックカオスマップ」の2022年版(*2)に掲載されていた製品・サービス約1000件を、弊社独自の視点で調査・再分類した結果から導いた内容です。

もちろんこの業界は日進月歩ですので、上記結論はこの2022年版から1年もたたないうちに様変わりしてしまう可能性もゼロではないでしょう。しかし、少なくとも本コラムを執筆している2023年11月時点で公開されている2023年版のカオスマップ(*3)と2022年版を比べても、チャットボットやWeb会議系システムの提供ベンダーが若干増えている程度で、大きな変化は生じていないようです。

それでは、上記結論に至った経緯をもう少し詳しく見ていきたいと思います。

調査結果1:機能面での分類

まず前述の「HRテックカオスマップ」掲載製品・サービス約1000件を、サービス内容に基づき近しいものをグルーピングし、7つのカテゴリに集約・分類しました。

  • 求人・求職者情報検索サービス

  • 採用業務支援サービス

  • 人材開発支援サービス

  • 人事給与勤怠業務支援サービス

  • 調査・分析・可視化支援サービス

  • 相互交流・組織活性化支援サービス

  • その他

この7カテゴリの内訳を確認したところ、①が最も多く全体の3割を占め、ついで④が全体の2割と、古参のHRMS系企業や人材系の企業がテクノロジーの進化を一部取り込み衣替えした形態が最も多いことが分かりました。(図1、表1参照)

【図1 HRテクノロジーの機能別分布】

HRテクノロジー機能別分布比率

【表1 HRテクノロジーの機能別分類の詳細】

HRテクノロジー機能別分類の詳細

調査結果2:技術面での分類

次に、これらのサービスが、従来サービスを単にオンライン化しただけのような状態なのか、それともテクノロジーの進化を何等か取り込んでいるのかを、以下の4つの視点でさらに細かく確認しました。

a) 従来サービス(紙・対面で提供していたもの)をオンライン化しただけのもの
b) 従来サービスのUI/UXを強化し、業務効率化や定性情報の把握・可視化を容易にしたもの
c) 個人端末/社内SNS・チャット等の利用を前提とした双方向性を前提としたもの
d) AI活用を前提としたもの

結果、視点aのオンライン化しただけに近いものと、視点bのUI/UXといった見た目の分かりやすさや使い勝手の良さを向上させた程度のものが大半で、全体の8割を占めていました。

テクノロジーの進化の象徴ともいえる双方向性を活かした個人へのアプローチやAIを活用したサービスは、現時点ではまだ多くはないようです。(図2参照)

【図2 HRテクノロジーの機能別利用技術内訳】

HRテクノロジー機能別利用技術内訳

以上のことから、テクノロジーの進化の萌芽を取り込んだ製品・サービスが徐々に増えつつあることは間違いないものの、採用関連では旧来型の広告掲載型のサービスが多数を占めており、人事人材管理関連では給与計算機能を中核としたHRMS製品のUI/UXを強化したものが大半で、機能面でも技術面でもまだまだ発展途上であることが伺えました。

米国におけるHRテクノロジー製品・サービスの特徴

一方で、HRテクノロジー発祥の地である米国はどのような状況にあるでしょうか。

日本よりも非常に動きが速く、サービスの数も種類も膨大にあるため全体像をつかむのは難しいのですが、HRテクノロジー市場を牽引しているWorkdayといった代表的なHCM製品・サービスの機能**を、Companyなどの日本国内においてまだまだ主流といえるHRMS製品や、近年注目を浴びているカオナビ、タレントパレット等のタレントマネジメント関連製品群に含まれる機能と比較することで、米国独自のHRテクノロジーの特徴を洗い出してみました。

結果、大きく2つの特徴があることが分かりました。(表2参照)

**海外でシェアの高いHCM製品のうち、日本国内でも一定のシェアを獲得している主要4製品(Workday, SAP SF, Oracle HCM, Cornerstone)を対象に分析した。

特徴1.職務ベースでの人の管理がしやすい仕組み

職務(いわゆるジョブ型)を中心とした人事管理に必要な機能が充実しており、現場の社員を管理するミドルマネージャーと従業員にとって使いやすい仕組みとなっている

特徴2.多様性・流動性を前提に従業員体験を高める仕組み

多様な人材が常に入れ替わることを前提に、従業員を惹きつけ、できるだけ長くとどまらせるための、従業員体験を高めるための工夫が随所に組み込まれている。

【表2 米国のHRテクノロジーの特徴的な機能】

米国HRテクノロジーの特徴的な機能

さらに、米国では近年、人材獲得競争の激化を契機に、一般的なジョブベースの人事管理から、人材(タレント)を中核に据えたスキルベースの人事管理へのシフトが急速に進んでおり、AIを駆使したジョブや従業員のプロフィール情報の自動生成や、生成された情報に基づくスキル開発、社内外の市場データとの突合せによる採用、配置、処遇決定等の意思決定支援などが進みつつある、といった話も出てきているようです(*4)

元々米国には科学的な人事管理の発想が根源にあり、日本に比べて人材の多様性や流動性も高いため、ITを活用して合理的に管理したいという強い動機があったと考えられます。このような状況にテクノロジーの進化が加わることで、テクノロジーを起点とした人事マネジメントの変革が、米国では今まさに起きつつあるといえるのではないでしょうか。

日本の人事マネジメントの変革の状況を踏まえたHRテクノロジーの未来

これまで見てきたように、米国ではテクノロジーの進化をHR領域にもうまく取り込み、人事マネジメントの変革にもつなげているようですが、日本ではまだそのかなり手前の状況で足踏みしている状況であることが伺えました。

一方で、米国の人事管理のトレンドは、従来のジョブベースの管理から、日本のお家芸である人ベース、スキルベースにシフトしつつあります。日本では逆に、トレンドとしてはジョブベースの仕組みへ移行する動きが活発に見えますが、米国型をそのままコピーしようとしているわけではなく、日本の強みを活かしたジョブ型人事のあり方を模索している状況でもあると言えます。

この状況を踏まえると、日本国内におけるHRテクノロジーは、安易にジョブベースの仕組みを取り込もうとするのでなく、元々日本企業が強みとしていた人や組織に関するマネジメントノウハウを生かす方向で発展させることが望ましいでしょう。

また日本でも、米国と同様に人材の多様化・流動化が進みつつあります。仮に日本のHRテクノロジーが、こうした組織・人事課題の解決に役立つ仕組みへと進化させることができるなら、現時点では周回遅れに見える日本のHRテクノロジーが、日本国内だけでなくグローバルな人事課題の解決に資するツールへと生まれ変わるチャンスも十分にあると言えるのではないでしょうか。

AUTHOR
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和田 実(わだ みのる)

クレイア・コンサルティング株式会社 ディレクター
九州工業大学情報工学部卒業

大手SIerおよび専門商社の人事部門にて、人材開発や人事制度設計、グループ会社の人事ガバナンス改革に携わる。その後、国内系人事コンサルティング会社を経て現職。
幅広い業種における統合的人事制度改革、コンピテンシー設計、人材アセスメント、意識改革、組織再編に伴う人事マネジメントの再構築、従業員満足度/エンゲージメント向上等、 多数の人事コンサルティングプロジェクトに従事。近年の人材の多様化、多様な働き方への移行支援やタレントマネジメント文脈での人材の発掘・登用、配置・育成の高度化の経験も豊富。

参考

  1. 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授岩本隆「HRテクノロジーの現況と今後の展望 2021年4月21日」.https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000770576.pdf ,(参照2023-11-20)
  2. 株式会社Lifeplay.“HRテックカオスマップ2022年最新版~982サービス掲載~”.HR Techガイド.https://hrtech-guide.jp/chaosmap ,(参照2023-11-20)
  3. 株式会社Lifeplay.“HRテックカオスマップ2023年最新版~1041サービス掲載~”.HR Techガイド.https://hrtech-guide.jp/chaosmap2023/ ,(参照2023-11-20)
  4. 人事ソリューション・エヴァンジェリスト@SP総研.“【Update】 HRテクノロジーカンファレンス 2023 視察レポート”.https://note.com/hr_sol_evangel/n/nab7065f55359 ,(参照2023-11-20)
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