2023 年 3 月期以降の有価証券報告書等において、人的資本に関する情報開示が義務化されました(人的資本経営に関しては、前回のコラム「人的資本経営に取り組んでいる企業は何が違うのか」をご参照ください)。その中で、ダイバーシティの分野として、「ダイバーシティ」「差別」「育児休業」の3項目の開示が義務化されるなど、企業におけるダイバーシティの重要度は増しています。
本コラムでは、ダイバーシティの新しい概念であるDEIB(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、ビロンギング)について、企業におけるダイバーシティの形成とそれに伴う競争優位の創出について探ってみたいと思います。
DEIBの歴史と概念の整理
DEIBとはそもそも、D&Iの概念にEとBが追加された概念です。
DEIBが重視されるようになった背景について、D&Iの誕生までの経緯と、その後EとBが追加された経緯に分けて、確認してみたいと思います。
D&I概念の誕生
D&Iとは、多様な従業員の個性(=多様性)を活かすことで、競争優位を創出するという考え方です。この考え方は、米国社会における差別撤廃の過程で、アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)として生まれたと言われています。
早稲田大学大学院商学研究科助教授の谷口氏(*1)は、ダイバーシティを進める企業行動を、「抵抗」「同化」「分離」「統合」の4つの段階に分けて定義しており、以降この定義に基づいて、D&Iがどのように発展していったかを見ていきます。
- 抵抗
- 違いに対して拒絶反応を示す段階
- 同化
- 違いを同化させる、あるいは(個人の能力の)違いを無視する防衛的反応を示す段階
- 分離
- 企業が人の違いを認め、対応的状態にある段階
- 統合
- 企業が違いを活かし、競争優位につなげる戦略的対応状態にあること
D&Iまでの歴史(1960年代~1990年代)
D&Iの起源は、人種差別を背景とした米国の雇用機会均等法と言われています。
同法制定以前は、様々な場面で差別があり、職業における差別もありました。ダイバーシティに「抵抗」する段階と言えます。これが、雇用機会均等法により、採用や昇進における差別に対して、雇用者を訴える権利が確立されました。さらに雇用形態に関する詳細な報告と明確な救済計画の提出を義務付けるなどのアファーマティブアクションが取られました。
その結果、黒人女性などのマイノリティ差別訴訟が起こり、企業が敗訴して多額の賠償金を課せられるケースが発生し、企業のリスクマネジメントの一環としてダイバーシティの重要性が認識されるようになりました。
この段階では、マイノリティの雇用率を高めることが求められましたが、企業は企業文化に同化できるマイノリティを選択的に雇用するだけであり、ダイバーシティは(人種、性別などの)表層的属性の部分にとどまりました。ダイバーシティは「分離」の段階まで進んだといえます。
しかし、企業文化への同化の強制は、マイノリティの文化や重要なパーソナリティを制限するものです。同化の強制に嫌悪感を持つマイノリティは多く、高い離職率に繋がりました。マイノリティの定着(離職防止)のために、企業は多様な価値観や考え方を受け入れていくことの必要性に直面し、ダイバーシティは多様性尊重の考え方に基づく「統合」の段階に移行していきます。
さらに、『Workforce2000』という米国の労働白書において、新規労働力が白人中心から女性や白人以外の人種に変わっていくことが示唆されると、企業は真剣にマイノリティの活用を考えるようになりました。同時に、大量生産大量消費経済モデルが行き詰まりを見せ始めたこと、およびマイノリティの経済力が高まってきたことにより、新商品や新市場の開拓にダイバーシティを積極的に活かしていくことが求められるようになり、ようやく「統合」の段階に到達しました。
その後、ダイバーシティが企業の競争優位に寄与すること、特に、創造性や問題解決においてダイバーシティで効果的であるとする実証研究が増えるにつれ、D&Iの重要性が広く認知されるようになりました。
DE&Iへの発展(2000年代~2010年代)
その後、D&Iの概念から、E(エクイティ)が加わり、DE&Iへと発展します。
Eが追加された背景には、「貧困の再生産」や「親の収入と学歴の関係」などの社会構造格差が明らかになってきたことが挙げられます。D&Iを推進するには、権利を平等に付与するだけでは不十分であり、個人の境遇の違いを踏まえて真に公平なスタートラインに立てるようにサポートしていくことの重要性が認識され、E(エクイティ)の概念が追加されました。
DEIBへの発展
最後に追加されたBは、近年、コロナ禍での価値観の変化等から、米国を中心に大量退職が起きたことに起因しているようです。従業員のリテンションのためのB(ビロンギング)と呼ばれる概念が追加され、DEIBと言われるようになりました。
DEIBは新しい概念であるため、DE&Iのように定着するのか、または一過性のものであるのかは見極める必要であり、本コラムでの言及は控えます。
DE&Iの概念の整理
ここまでの経緯を改めて整理してみると、最初は差別等の歴史的背景に起因するリスクマネジメントの観点でダイバーシティという概念が生まれましたが、その後「抵抗」「同化」「分離」「統合」といったダイバーシティの効果的な活用、即ちインクルージョンにつなげることにより、創造性や問題解決の観点で企業の競争優位に寄与することが様々な実証研究で明らかになり、概念としてのD&Iに発展しました。
さらに近年、D&Iをより実効性のある考え方とするために、E(エクイティ)が加わり、DE&Iに発展してきました。
【競争優位の大きさ】
DE&Iにより生じる競争優位の中身
DE&Iを効果的に進めている企業は、そうでない企業と比べてどのような違いが生じているのでしょうか。
マッキンゼーのレポート(*2)によると、ダイバーシティに取り組んでいる上位25%の企業と、取り組んでいない下位25%の企業を比較すると、アウトパフォーマンス(同業種の中央値を上回る業績)の発⽣確率が、ジェンダーの多様化において25%、⼈種・⽂化の多様化において36%も高いことがこが示されています。
また、ゴールドマンサックスのレポート(*3)によると、日本企業において、女性管理職比率が高い企業ほど、増収率、ROEともに高くなっています。
DE&Iは、下記の観点で企業の競争優位に繋がっていると考えられます。
- ①
生産性:多様な視点による改善等で生産が増加する。
- ②
人材の獲得:多様な能力を備えた人材を採用しやすくなる。
- ③
マーケティング:多様なニーズを把握し、新規市場を開拓しやすい。
- ④
イノベーション:多様な視点から、新たな考えが生まれやすい。
- ⑤
意思決定:多様な視点からの批判等を通じ、適切な意思決定に繋がりやすい
- ⑥
組織の柔軟性:市場の変化等に柔軟に対応しやすい。
この6つを整理すると、ダイバーシティ(マイノリティの活用)の影響が強く、ダイバーシティだけでも十分発揮できるものと、ダイバーシティだけでは発揮が難しいものに分類できます。
①生産性
内閣府「多様化する働き手に関する企業の意識調査」(*4)によると、ダイバーシティだけでは生産性が下がりますが、企業が多様性を活かす取り組みが行われると生産性が上がることが分かっています。そのため、ダイバーシティだけでは発揮が難しいと考えます。
②人材の獲得
人材採用において、採用ターゲットが広くなるため母集団形成が容易になり、多くの人材の獲得や多様な能力を持った人材を獲得しやすくなります。
また、株式会社RASHISAが行った「Z世代のD&Iと働き方に対する意識調査」(*5)では、37.3%がD&Iに積極的な企業で働きたいと思うなど、新卒採用でも有利に働くことが想像できます。そのため、ダイバーシティだけでも人材獲得において有利になると考えます。
③マーケティング
企業のダイバーシティを進めると、消費者自身の多様化とニーズの多様化に応えることが出来ます。該当者でないとその細かいニーズを理解することが難しいため、従業員のダイバーシティが求められます。
④イノベーション、⑤意思決定、⑥組織の柔軟性
この3つはマイノリティとマジョリティの両者視点や考え方の違いによって、発揮されるものであるので、マイノリティの活用だけでは発揮が難しく、インクルージョンが必要となります。このようにダイバーシティだけではなく、DE&Iを推進することが重要になると考えらえます。
日本におけるDE&Iの歴史
日本におけるDE&Iの歴史は「男女雇用機会均等法(1986年施行)」を発端としています。その背景には、女性労働者の増加と勤続年数の長期化の影響に加えて、女子差別撤廃条約の批准など、国際的な動きの影響も強く受けており、1999年施行の「男女共同参画社会基本法」などによって、男女の格差に是正に対して取り組みが行われています。
企業でも、法令遵守の観点から男女格差是正のポジティブアクション等が取られました。2000年に日経連においてダイバーシティ・ワーク・ルール研究会が発足し、日本型ダイバーシティの報告書を発表するなど、D&Iに近い概念が入り徐々に拡大していきました。その後、さらなる労働力不足による外国人労働者の増加や、人的資本の概念の浸透により、DE&Iの重要性が増しています。政府としても「ダイバーシティ2.0」や「ダイバーシティ経営」をして推進しており、育児休暇の促進などのエクイティの立場に立った取り組が行われています。
日本におけるDEIBの状況
少なくとも2023年12月現在において、日本ではまだ米国のような従業員のリテンションのためのB(ビロンギング)の必要性は高まっておらず、DEIBをうたっている企業は見られないようです。そのため、本稿ではDEIBではなく、DE&Iの範囲で日本企業の状況を整理してみたいと考えます。
日本企業のDE&Iの現状は、ダイバーシティ(D)とエクイティ(E)の取り組みが中心で、インクルージョン(I)の取り組みは十分ではないと推察されます。その理由は主に3つ考えられます。
1つ目は、多くの企業でDE&Iが数値目標ありきになっているように見受けられることです。つまり、D&I(投資家や市場、顧客に対する訴求)やコンプライアンスの観点からのDE&I推進という動機が強く、数値化しにくいインクルージョンの取り組みはあまり重要視されていないのではないか、と思われます。
実際に、コーンフェリージャパンの調査(*6)によると、日本のDE&Iはグローバルと比較した際に、ESGや投資家と言った外圧の影響が高くなっており、CEOや従業員、取締役といった内部からの項目は低くなっています。
さらに、人的資本開示で、「ダイバーシティ」の数値を開示することが求められるなどのその傾向が強くなっていることは容易に考えられます。そのため、女性管理職比率などの分かりやすく比較しやすい水準を求めている企業が多くあります。
2つ目は、日本の労働慣行と人事制度の影響です。JOB型人事制度が徐々に広まってきたとはいえ、多くの日本企業(特に、DE&Iを積極的に推進すべき大企業)は、長期間・同一メンバーで組織運営を行うメンバーシップ型雇用が前提の人事制度になっており、企業間の人材流動性も高くはありません。
ジョブ型人事制度であれば、人材要件はJOB毎に同一ではなく、人材の能力特性や考え方は多様化しやすい側面がありますが、メンバーシップ型雇用を前提とした人事制度では、「わが社の社員に求める要件」として共通の網羅的な人材要件を定めており、どの職場・職種でも共通の考え方に基づく人材育成が行われます。
また、バブル崩壊以降、(特に団塊の世代やバブル期入社の世代に対して)人事評価や昇格選抜において(メリハリという名の)優劣を明確につけることが求められ、共通の網羅的な人材要件が「欠点探し」に使われるような運用が多々見られました。すなわち、会社が定める共通かつ網羅的な人材要件に合致しない人材は、評価されず、昇進・昇格の道も閉ざされてしまいます。
このような評価と選別を受けてきた世代は、徐々に定年を迎えるようになってきていますが、この世代の従業員からすれば「会社が求める共通かつ網羅的な人材要件を満たせない従業員は、活躍できない(評価されるべきではない)人材である」との先入観(あるいは価値観)を持っている人も少なくないのでは、と思われます。
そして、共通の網羅的な人材要件を満たすことを全従業員に求めるならば(それが実現できるならば)、改めてインクルージョンに取り組む必要性を感じることはない訳です。長期にわたるメンバーシップ雇用を背景に、共通の網羅的な人材要件に基づく人材育成を徹底するほどに、インクルージョンから遠のいていく、という認識が必要なのではないでしょうか。
【競争優位の大きさ】
I(インクルージョン)を達成するために
I(インクルージョン)を実現していくために、日本企業が行うべきことを「DI&Iの目的の明確化」「人材要件の多様化」「本質的なタレントマネジメント」「企業理念(パーパス、ミッション、ビジョン、バリュー)の浸透」の観点から考えたいと思います。
第1に、「なぜDE&Iを行うのか」「DE&Iの推進を通じて、どんな会社を目指すのか」を具体的に、何度も語ることが必要であると考えます。
DE&Iが比較的新しい概念であり、R&Iや社会的風潮などによって「仕方なく、やらされている」という認識を持っている従業員も少なくないと思われます。DE&Iが、自社(自社事業)にもたらすメリットを具体的に語っていくことが第1歩ではないでしょうか。
第2に、「人材要件の多様化」が必要と考えます。メンバーシップ型雇用の企業では、「総合職(どこの職場でも活躍できる総合人材)」が企業の屋台骨を支えています。これをJOB型雇用に転換していくのは容易ではなく、また、必ずしも効果的とは限りません。
総合職でありながらも、全社員に共通して求める要件(能力等)は、企業理念や競争優位に直結する組織能力に関わるものに限定し、一人ひとりが「強みと弱み」「得意と不得意」を併せ持つ人材であるとの認識を持ち、「強み」を見つけて引き出していくための要件や方法を職場の上司に伝授していくことが必要ではないでしょうか。
第3に、「本質的なタレントマネジメント」を進めていくことが必要と考えます。
タレントマネジメントシステムは急速に進化していますが、より重要なことは、一人ひとりの従業員の「強み・弱み」「得意・不得意」を的確に見極め、組織内で共有していくことではないでしょうか。
多くの企業において、人材データベースに記録されている評価情報は「A評価」とか「B評価」といったレベルにとどまり、個々の人材のプロファイリングができるような質的情報はあまり見かけません。DE&Iを推進していくためには、職場の上司が人材の能力特性や価値観を見極める「目利き力」を高め、共通の評価軸に基づく質的情報を蓄積していくことで、性差等のバイアスを排除した人材活用につなげていくことが必要であると考えます。
第4に、ミッション・ビジョン・バリュー等の共通の価値判断基準を明確にし、共有することが必要と考えます。
これまでの日本企業は、同質性の高い人材を採用・育成するメカニズムが整備されており、ミッション・ビジョン・バリューの共有が本質的に求められるシチュエーションはあまりありませんでした。ダイバーシティが進んでいけば、インクルージョンの基軸としてミッション・ビジョン・バリューの本質的な浸透が不可欠になります。
DE&Iを日本企業に根付かせていくためには、日本が単一民族であることや社会的な風土を言い訳にすることなく、本質的かつ戦略的な方策を考えていくことが必要ではないでしょうか。
参考
- 谷口真美(2005)『ダイバーシティ・マネジメント多様性を活かす組織』白桃書房
- McKinsey&Company. Diversity wins: How inclusion matters May 19, 2020 | Report. https://www.mckinsey.com/featured-insights/diversity-and-inclusion/diversity-wins-how-inclusion-matters .(2023-12-22)
- GoldmanSachs. 20周年ウーマノミクス5.0. https://www.goldmansachs.com/japan/insights/pages/womenomics-5.0/womenomics5.0.pdf .(2023-12-22)
- 内閣府. 経済財政分析ディスカッション・ペーパー 企業における多様な人材の活躍 小寺 信也・上島 大和. https://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp191.pdf .(2023-12-22)
- PRTimes. 株式会社RASHISA 【2022年 Z世代のD&I意識調査】職場の選択において、D&Iに消極的な企業には50%がネガティブイメージを持つ結果に. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000038292.html .(2023-12-22)
- kornferry. 【プレスリリース】DE&Iグローバル調査の分析から判明した日本企業への「7つの示唆」. https://focus.kornferry.com/ja/dei-metrics-jp-2/ .(2023-12-22)