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【M&Aセミナー講演録】第1回:M&A・企業再編時における中心的な人事労務課題とは何か?

【M&Aセミナー講演録】第1回

パネリスト
・アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 パートナー 田中 勇気 弁護士
・当社執行役員 マネージングディレクター 針生 俊成

司会
・当社執行役員 ディレクター 桐ヶ谷 優

はじめに

司会 今回のパネルディスカッションでは、質問を大きく3つに絞り、田中先生からは、法的な知見を、弊社針生からは人事コンサルタントとして実務面からの知見についてコメントをもらいながら、皆さまの課題認識に資する情報を提供したいと思います。

ひとつ目は「M&A・企業再編時における中心的な人事労務課題としてどのような問題が存在するのか?」ということです。
「とにかくM&Aにおける人事課題には何があるのだろう」という事をまず率直に田中先生にお聞きします。

ふたつ目は、「統合・再編までのスケジュール」についてです。
統合日・再編日の事を「Day1」と呼びますが、Day1に向けてどのようなスケジュール感で人事労務課題に取組んでいけばよいのか。

最後は、皆さまの関心が最も高いと思われる「労働条件が異なる複数の会社を統合する際、労働条件の違いをどのように合わせていけばよいのか」です。

具体的には「不利益変更」「個別同意の取り方」「個別同意が得られなかった場合、一国二制度はあり得るのか」これらの質問について、法的な面、実務的な面からお話を頂ければと思います。

「余剰人員リスク」に立ち向かう

田中弁護士

田中 勇気 弁護士

田中弁護士 この場面に限りませんが、本質的なリスクがどこかといえば、「余剰人員リスク」と言えます。

解雇が難しい日本の労働法制のもと、余剰人員リスクを「誰が引き受けるのか?」もっと端的に言えば、「買い手はこのリスクをどうやって回避していくのか?」という事です。

その派生として、労働条件の引き下げもなかなか簡単に実現できない、という、もうひとつの特徴も出てきます。

こうした本質的なリスクを見据えた時に、企業としてやりたいことは大きくふたつあります。

ひとつは、「チェリーピッキング」。
つまり「欲しい人だけを引き継ぎたい」ということですが、これができるかどうか、という問題です。
真正面から真面目に取り組もうとした時、従業員からの個別同意が取れるのか、という問題が法的に出てきます。
会社分割の場面では「どうにか個別同意を回避できないか?」といった相談も受けます。

もうひとつは、先程話にありました「一国二制度」です。
「引継ぐのは良いが、労働条件が高すぎる」、もしくは「他の人達と条件が違うとなった場合、一国二制度をどうやって解消するか?」です。

これも真正面から労働条件の不利益変更をやろうとすると、個別同意の問題が出てきます。それらにどう対処していくかということが実務上の問題になります。

弊社執行役員 針生

弊社執行役員 針生

針生 コンサルタントの立場から申し上げますと、M&A・組織変革をやる際に人事の分野で求められるのは、最終的には人的効率・人的生産性の向上です。

組織を統合した後の人数の問題、配置の問題というものも出てきます。

これを変えないと「M&Aをやった意味が無いじゃないか」という話になりますが、こうした場合、法律が求めるのはおおよそ現状維持。
現状を変えなければ法的には問題ない、しかし、変えなければM&Aをやった意味が無い。
それをどうやって乗り越えていくかが現実的な課題となります。

また、M&Aの案件で従業員の方から話を聞くと、ほぼ例外なく「被害者意識」をお持ちです。従業員の方々は「やりたくてやっているわけじゃない」「巻き込まれてしまった」と思っています。
M&Aは、通常トップマターで、資本の論理や経営効率の観点から進んでいくことが多いのですが、従業員は気持ちがついていくのに時間がかかります。

田中先生がおっしゃる個別同意についても、こういう感情のしがらみや「なんで合併しなければいけないのか?」という感情の中で取得していかなければなりません。
『個別同意を取ればできる』とわかっていても、実際は難しいのです。
現実にこうした問題をコンサルタントとして解決していこうとすると、ほぼこうした課題にM&A人事の議論は終始します。

本当に重要なのは、「M&Aが終わり、目的の姿に行くための新しいKPIを設定する事」「そのKPIに従ってどのように組織を動かしていくのか」「そのために人事評価などをどのように構築するか」ということです。

しかし、それでも先程の現状維持をどう乗り越えるか、個別同意をどうとっていくのかという課題を乗り越えないと、人事評価などの話をするのは厳しいのも事実です。

ストックディールとアセットディール

田中弁護士 基本的なことではありますが、M&Aを大きくふたつに分けた場合、「ストックディール」と「アセットディール」があります。
「ストックディール」は、会社という器はそのままで、器の所有権を移すということです。
「アセットディール」は、会社という器の中に手をつっこんで中身にある資産や負債、従業員を取り出して動かしていく、というイメージです。

法的に見るとこの二つは違いがあって、まず「ストックディール」では、対象会社がそのまま移動します。
それ自体で見た場合は直ちに労働法の問題が起こるわけではありません。
ただし、余剰人員リスク含めて全部移るので、M&Aが終わった後に引き受けた人員リスクをどう処理するのかという問題が残ります。

一方で「アセットディールは」、先程チェリーピッキングの話を致しましたが、欲しい人材だけを連れてくるような場合です。
器の中に手を突っ込むので、従業員の同意が無いと移ってもらえないという問題や、一国二制度の問題が発生します。

弊社執行役員 桐ケ谷

弊社執行役員 桐ケ谷

司会 親会社が変わるだけで子会社の労働条件は維持するケースが「ストックディール」に該当し、必ずしも人事労務に関わる諸課題が直ちに顕在化するわけではない。
しかし、丸ごと受け継ぐので、非効率な部分も引き受けてしまう。

一方、「アセットディール」については、事業譲渡のように、ある特定の事業を移す際に、全員移すのではなく、個別に従業員を選んで移す事ができる。
このように理解してよろしいのでしょうか?

田中弁護士 結構です。

アセットディールの留意点とは?

司会 実際にアセットディールを対象とした場合にどういった事が起こるのか、M&Aに関する書籍などでは、様々な用語が出てきます。
特に留意すべき組織再編の形態と、よく起こる事例などはありますか?

田中弁護士 アセットディールを行う際の形態は、大きく3つに別れます。
①事業譲渡、②会社分割、③合併、の3つです。

最初に申し上げますと、「合併」は最近人気がありません。
いきなり会社がひとつになる、いきなりPMIを始めなければいけないということなので、最近はあまり行われません。実務的には「事業譲渡」か「会社分割」となります。

「事業譲渡」で従業員を移すとなれば、やはり個別同意が必要となります。
しかし、従業員はできれば現状維持を望むので、同意を渋る方がどうしてもいらっしゃいます。
どうやって背中を押していくのか、ということは、やはりコンサルタントの方のご知見なども踏まえて、同意を取っていく、または取りやすい状況を作っていきます。
例えば、移る方のキャリアプランを示し、承継先に移った方が本人にとってもよい、ということを示しながらやってくことになります。

「会社分割」についていえば、承継ルールが(法律で)定まっています。
今回移す事業に「主として従事している従業員」については、個別同意無しでも承継先に移ってもらうことが可能です。

発想としては原則として「あなたのメインの仕事が移るなら、移ってください。あなたのメインの仕事が残るのであれば、残ってください」ということです。この原則にのっとった扱いをしている限り個別同意は必要ありません。

会社分割の際に「個別同意」を必要としない状態をつくる

田中弁護士 実務的に良くある相談は、どのようにして「『主として従事している』状況を作り、従業員に移ってもらう事ができるか?」です。

分割契約の締結日に「主として従事している」場合は、個別同意が必要ありません。

ただし、例外もありまして、「意図的に配置転換をした場合」、つまり元々移らない事業に従事していた人を、分割する事業に「意図的に」移したとなれば、「主として従事しているとは認められない」という議論があります。

ここからは少し実務的な話になります。
「何をもって意図的か?」という話ですが、この部分は従業員が立証することは難しいです。
実務上は、分割契約のプレスリリースの6か月前位までに配置転換をし、移したい従業員について「主として従事している」状態を作り上げる、というのが実態です。

6か月前が間に合わないというのであれば、ぎりぎり3か月前位までが限界と考えます。それも間に合わないのであれば、「定期異動はありますか?」といつも聞いています。
定期異動に混ぜて「主として従事している」という形にして、分割契約の締結日を迎える。
そのような形で個別同意を必要とせず移ってもらうということが、現実に行われることがあります。

一方、事業譲渡で個別同意を取る事は大変です。やはり人間、現状維持を望むものです。
特に労働条件が下がるのであれば、売り手側が賃金補填措置をしなければ、中々難しいです。
ここは正に、人事コンサルタントの方々の専門領域かと思います。

針生 今先生がおっしゃった内容で、現実に「こんな悩みがある」ということをお伺いしたいのですが、日本の規模の大きい企業では新卒を定期的に採用しています。
新卒の社員は「どの事業に採用される」という考え方はほとんどなく、「会社に入る」というスタンスを持っています。
そして配属されて、3年スパンで異動している中で、半年前からその事業に従事していたとしても、新卒のローテーションのルールの中では短いような気がします。
10年間その事業に勤めているとなればしょうがないとなりますが、「入社5年目位までの従業員については話を分けたい」といった議論は実施に起こるのでしょうか?

田中弁護士 そうした議論・工夫もできなくはありません。
ただ、理屈だけを申し上げると、会社分割法制を制定する際に、日本のいわゆる「ジェネラリスト」と呼ばれるような新卒一括採用の方については、「色々な部署を異動するのだから、一時点をもって、『主として従事している』と判断するのはダメじゃないか」、という大議論が2000年頃にありました。
日本の労働法の中では、「一時点のたまたま論」は基本的に排除されていますが、この制度はそれを認めたのです。
ですので、あとは先程おっしゃられたように被害者意識をどう乗り越えていくかです。

会社分割と労働契約継承法

司会 先程先生のお話では、合併は少なくなってきている、と指摘がありました。
一方、事業譲渡は個別同意が必要であり、会社分割については、従業員を1つの集団としてそのまま移すことができるということですが、会社分割の形で従業員が組織再編の適用対象となるケースは増えているのでしょうか?

田中弁護士 おっしゃる通りです。

司会 会社分割は、個別同意が必要ない代わりに、従業員ひとりひとりの労働条件は分割後も承継しなければいけないというルールがあります。
会社分割でありながら、移った先で労働条件を変更することは、実務上ありえるのでしょうか?

田中弁護士 ありえます。
手法としてはいくつかありまして、一番ストレートなものは、一旦会社分割で労働条件をそのままに移ってもらいます。
その後、数年かけて労働協約や就業規則の変更という形で少しずつ一国二制度を解消していくという方法です。

しかし、中には「それで不利益変更が実際にできるのか、怖い」という買い手さんもいらっしゃいます。
そこで、数年前までは「転籍合意」という手法がよくとられていました。
会社分割では本来は個別同意なく従業員を移せるが、あえて同意を取りに行く、その時に引き下がった労働条件についても一緒に同意してもらう、という手法が流行りました。

しかし、今は、「労働契約継承法」で異議を出せるということが解釈上、明確に認められるようになり、転籍合意という手法が事実上難しくなっています。
もし異議を出されると、引き下がった条件に対する同意が吹っ飛んでしまう、そして同じ条件で移ってくる事になる。法制度上そうなることが解釈で確定しています。
従って、転籍合意という手法は使いづらくなっています。

では、そのまま引き受けるのは怖いという買い手さんはどうしているのか。
一旦従業員は一切引き継がないで、全員出向者として受け入れる。そしてそのまま2~3年承継先の会社になじんでもらう。そして「被害者感情」がある程度和らいできたタイミングで、個別に同意を取って、引き下がった条件で転籍してもらう。こうした手法で(労働条件を)変えている事が多いかと思います。

新組織に移ってもらう際、実務上のポイントは何か?

司会 コンサルタントの立場から、実務上、新しい組織に移ってもらうというところで具体的なコンサルティング事例から何かポイントとなる取組みや進め方はありますか?

針生 我々は、人事中心に見ているのですが、働いている人が気にすることは「自分の仕事は変わるか?」「働く場所は変わるか?」という点です。
実はそちらの方が、本人にとっては大きな問題で、それがはっきりしないうちは、人事労務と言われてもなかなか難しいと思います。
現実には、「統合しても当面、半年とか1年は現状維持で仕事を変えない、配属を変えない」そういう状況で進む事が多いです。

とすると、先生のおっしゃるように当面無理して雇用契約を切り変える必要があるのか、最初は出向という形でもよいのではないか?
労働契約上の違いはあっても、従業員にとって実態上の違いは無い、ということもあると思います。

我々コンサルタントは、人事制度や労働契約をどうするのか、という相談を受けますが、従業員からすれば、先程申し上げたように、M&Aは「いい迷惑」な出来事となるわけです。

仕事に集中していたいとか、今まで通り仕事をしていたいという感情の方が強いのです。
そこをくみ取りながら、契約論とか制度論を裏側でしっかりやっていけばいい。
とするならば、先生がおっしゃるように、無理してきれいなやり方にこだわる必要はなく、出向という手段をとることもあれば、労働問題がメインで統合のスキームが変わることもあります。
また、当初合併の予定であったものが、持株会社の社員をぶら下げる、となったこともありました。
色々なスキームはありますが、現場がまず動くようにする、ということも現実としてあります。

司会 先程、先生の方から、会社分割であれば、「主たる従事者」である事を後でもめないように配置転換しておく望ましいタイミングが、プレスリリースの6か月前をひとつの目安としてほしい。それよりも近づいてしまうと、「意図的な配置転換」と見なされる可能性があると伺いました。

田中弁護士 6か月を切っている状況でお話を伺うことが非常に多いですが、最低3か月位は必要と考えます。もしその前後で、定期異動のタイミングがあるならば、定期異動に混ぜて進めると、労働者側からは異議を申し立てることが難しいと思います。

司会 とある事業部を別の会社に移す際に、人事労務のサポートしているコーポレート系の方々も一緒に新しい会社に移ってもらいたい場合、「主たる従事者」と言えるのでしょうか?

田中弁護士 非常に難しいですね。
肌感覚としては、間接部門は移さないケースが多いと思います。
間接部門を移す時は、おっしゃられたように“主従事性”をどうやって図るかという問題があります。
最終的によくわからなかった時には、「過半数の従業員を承継するか」という基準がありますが、なかなかそこに行きつく手前で、今回移る事業について例えば法務の人が月に何時間やっているかとかはなかなか算定しにくいわけです。そういった場合に争いになりやすいです。

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