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【M&Aセミナー講演録】第4回:M&A・企業再編時の社内混乱・人材流出リスク

M&A・企業再編時の社内混乱・人材流出リスクのスライド

解説
・当社執行役員 ディレクター 桐ヶ谷 優

M&A・企業再編における組織変化

M&A・企業再編における5つの組織変化

M&Aや企業再編における組織変化は5つの区分に分類できます。

まず、一般的に一番イメージしやすい組織変化として「合併」が挙げられます。
日本企業同士の「合併」の場合、一方が他方を取り込むケースや救済するケースであっても、「対等合併」という表現がよく使われます。どちらが買収し、どちらが買収されたのか、ということを敢えて曖昧にしていると言えます。

次に、ある事業を別の会社に移す「営業譲渡」という組織変化が挙げられます。
事業の多角化に取り組んできた企業が、「事業の選択と集中」によって成長性のある事業に経営資源を集中する際、「集中すべきでない」事業を切り出し、他社に譲渡するケースです。

更に、ある事業を完全に別会社化して運営していく「分社化」という組織変化もあります。
「分社化」については昨今弊社への相談も増加しています。その背景としては、社内で新規事業部を立ち上げたものの、既存の事業部と横並びのまま1事業部として運営していても新たなイノベーションが生まれにくいため全く新しい組織として本体から新規事業部門を切り離したい(分社化したい)、という狙いがあります。

また、これまで同じ市場で競っていたA社とB社において、A社がB社を買収しB社の親会社になるケースがあり、この場合の組織変化は「子会社化」と呼ばれます。

この場合、B社社員の労働条件はそのまま温存されるケースも多く見られます。

最後に「持ち株会社化」です。
大手企業を中心に、グループマネジメントを効果的に進めるための組織形態として、持ち株会社(ホールディングカンパニー)を作り、その下に事業会社をいくつもぶら下げるケースが見られます。

例えば、セブン&アイ・ホールディングスの傘下にイトーヨーカ堂がある、アサヒグループホールディングスの傘下にカルピスが存在する、といったケースです。

人事的な観点で申し上げますと、持ち株会社の傘下にある各社の人事制度はそれぞれ別々に設定することができるため、業界や事業の特性に沿って1つのグループ内に複数の人事制度を並存させることが可能となります。

尚、最近は、一旦ホールディングス化を進め、緩やかにグループ化し、A社とB社を最終的に統合させていく、という流れも見られます。

それぞれのケースにおいて、労働契約の取り扱い方法が異なります。

「合併」においては、労働契約が包括的に承継されるため、統合時点で1国2制度が併存する場合があります。ただ、1国2制度のままだと管理上不都合が生じたり、十分な統合効果が得られにくいため、段階的に1つの制度に収斂されるケースが多く見られます。

「営業譲渡」は譲渡契約にもよりますが、原則は当該事業に従事する従業員と個別に労働契約が結ばれることになります。

「分社化」の場合は、基本的に移籍先の組織でも従業員の労働契約が包括的に承継されます。
「子会社化」や「持ち株会社化」においては、通常、対象企業の従業員の労働契約を変えることは少ないと言えます。

ここで改めて考えてみましょう。
「M&Aに際し、人事制度は本当に統合(1本化)しなければならないのか?」
私どももM&Aに直面した人事担当者の方々からこの質問を非常によく受けます。

結論としては、人事制度1本化することは必須ではありません。法的に人事制度の1本化が義務付けられている訳でもありません。
しかし、一緒にしないと厄介なこともあります。

人事統合の必要性

人事統合しない場合に起こる弊害

M&Aを機に人事制度を1本化しない場合、どのような不都合が生じるのか列挙してみます。具体的には、①日常業務の障害、②人材フローの障害、③不公平感によるモチベーションダウン④事業戦略との不整合、⑤人事管理コストの増大、が挙げられます。

① 「日常業務の障害」では、圧倒的に多いのは就業時間の問題です。
例えば、組織再編の対象企業のうち、旧A社の就業時間は7.5時間、旧B社の就業時間は8.0時間という場合を想定してみてください。

更には、現実に起きる問題として、旧A社と旧B社の営業担当が、共に新しい顧客先に出張した際、移動の手段も宿泊施設のグレードも出張手当も異なる場合、どのように対処すればよいでしょうか?

旧2社の違いが温存された場合、日業常務に支障をきたす場面が出てくることは想像に難くないでしょう。

② 「人材フローの障害」について挙げられる具体例は、統合した後、新卒採用するとき、どちらのルールを適用するのかという問題です。更には、異動したときどうしますか?といった問題が確実に浮上します。

③ 「不公平感によるモチベーションダウン」とは、旧A社と旧B社の同じ課長職の2人がおり、かたや旧A社では残業手当の支給対象者(非管理監督者)となっており、かたや旧B社では残業代の支給対象ではない(管理監督者)、といったケースです。

④ 「新会社の事業戦略との不整合」に関しては、旧A社ではこれまで年功序列型の人事制度だったためこのまま旧制度を温存し続けると人件費は上昇していく、旧B社では既に役割等級制度が導入されており人件費の上昇は一定程度抑制されている、といった2社が統合した場合に新しい事業会社の戦略と不整合が生じ、統合後も一方の人件費だけが無条件で上昇してしまう懸念が生じます。

⑤ 「人事管理コストの増大」については、組織は統合したものの、給与支給日、昇給のタイミング、賞与の支払いタイミング、賞与の支払い方法(月数方式、業績連動方式)、評価の相違(評価方法、評価サイクル)が旧会社間で異なることにより、統合後の組織運営における人事管理コストが増大する、というケースです。

以上のような不都合や障害を解消するために、M&Aや組織再編を機に人事制度を統合することが選択肢の一つとして検討されることとなります。

人事統合リスク

人事統合4つのリスク

次に人事統合を進める際のリスクについて触れます。
Day1前までに人事制度を統合する場合、4つのリスクが発生します。

1つは安易に賃金水準を高い方に合わせてしまうことによる「人件費の増大リスク」です。
旧2社の賃金水準が異なる場合、安易に高い方に合わせてしまうことで人件費の増大を招くリスクです。

一方で、組織再編を機に賃金水準が高い企業の社員の水準を引き下げる、ということも非常に難しいと言えます。当該社員のモチベーションを低下させるだけでなく、法的訴訟を受けるリスク(不利益変更のリスク)もあります。

「組織を統合することで人件費の増大を招きたくない」「旧A社と旧B社それぞれの総人件費の合計を上回りたくない」という相談をクライアントからも受けますが、組織が1つになる以上、賃金水準が異なったままの状況をいつまでも温存し続ける訳にはいきません。

また、人事統合を進めることによる「モチベーションリスク」や人事統合を進めたものの、旧来の制度・ルールの違いから運用がうまく進まない「運用リスク」も生じる可能性があります。

以上4つのリスクは、あちらを立てればこちらが立たず、という非常に難しい問題です。

人事統合リスクの具体例

人事統合リスクの例_役職手当の統一

ここで、人事統合リスクについて1つの例をご紹介します。
旧A社と旧B社が合併することとなり、課長の年収を比べてみたところ、旧A社はおおよそ600~800万円、旧B社は600~700万でした。M&Aを機に役職手当を統一しましょうという議論になったものの、旧A社は旧B社に比べ、4倍近くの役職手当を支払っていました。(A社の基本給はその分抑え目に設定されていました。)

仮に旧A社の制度に統一するとなると、旧B社の課長の役職手当は無条件に90万円アップとなります。

しかし、A社の課長からこのような不満が出てくることが想定されます。
「なぜ、旧B社の課長の処遇が自分たちと同等以上になるのか?あちらを上げるのなら、むしろ自分たちの給与をもっとあげてほしい…。」
また、「そもそも、旧B社の課長は旧A社の課長が現在担っている職責を同じようにきちんと担えるだろうか、課長としてメンバーの管理や人事評価ができるだろうか」といった運用上のリスクも懸念されます。

一方、旧B社の制度に統一すれば、人件費の増加は抑えられるものの、旧A社の課長にとって役職手当が30万円まで引き下げられることとなり、当然受け入れてもらうことは難しくなります。

このような状況が、「役職手当の統一」という事例1つをとり上げみても想定されるのです。

M&A・企業再編時の人事課題の検討手順

人事統合プロセス

次に、人事統合はどのようなプロセスで進んでいくのか?についてご説明します。

まず、M&A・企業再編の対象とする企業・部門の現状を正しく把握することからスタートします。いわゆる財務や法務のように、人事面についても、デューデリジェンスが行われます。

日本の企業は3月末決算の企業が多いため、デューデリジェンスの依頼はその約1年前の4~5月に多くご相談いただきます。

統合後どのようなリスクが生じる可能性があるのか?というリスク診断を行い、その結果を踏まえて、「人事制度を統合するべきなのか」「統合に時間をかけるべきなのか」「優先順位は何なのか」ということを検討します。

実際に人事統合が行われる場合、人事の仕組みを全て統合するのではなく、従業員の働き方に影響を及ぼす部分や、従業員が目に見えやすいもの(例、就業時間、休日休暇など)を絞り込んで変更することもよくあります。

4月をDay1とした場合、前年の12月または年明け1月頃までには従業員に説明できるようにしてくことが必要です。

社内への全体説明や個々の社員への処遇通知はDay1の2~3ヶ月前に実施される企業が多いと言えます。私どもの経験から申し上げますと、遅くともDay1の1か月前までには従業員に対し、新しい組織における配属、処遇、役職等を伝えることが望ましいと考えます。

M&A・企業再編時の人事関連の設計事項

組織運営を考える_優先的検討事項

Day1以降の組織運営を考える上で、優先的に検討するべき事項は上記に挙げた7つです。

就業時間や休日などの労働諸条件は、従業員にとって認識しやすいものであり、これらの条件が決まっていない状況でDay1を迎えることは難しいと言えます。統合会社として就業規則を作成し、社員に告知し、外部の関係機関へ届け出もしなければならないため、まずは労働諸条件の統合を優先してください。

次に、等級制度、評価制度、報酬制度を検討します。
更に、退職給付制度の統合を検討します。
但し、確定給付、確定拠出、一時金制度など、退職給付制度については各社各様であることも多く、統合に当たっては法的制約もあり、財務インパクトも大きいため、しっかりと時間をかけて検討することが必要となります。

以上のような制度を作った後、どのように移行するのか、どのくらいの期間で移行するのか、いつから新ルールは適用するのかという移行ルールを検討していくことになります。

次に、労働組合、社員向けのコミュニケーションプランを検討します。
先ほど、M&A時は年明けからコミュニケーションを行うと申し上げましたが、労働組合がある場合は、早期に執行部と協議を進めておく必要があります。

スライドには記載がありませんが、他にも、今後の給与計算はどうするのか、勤怠管理や残業の申請方法はどうするのか?といった問題も検討しなければなりません。

また、統合前から既に進行中の新卒採用についてはどうするか?中途採用は継続してよいのか?契約社員の更新はどのように扱うか?再雇用者の対応はどうするか?といったことについても議論の対象となります。

人事担当者の皆さんは、Day1に向け、統合準備を進めながら、各社における通常の人事業務(昇給、賞与、評価、昇格、契約、採用など)も遅滞なく行わなければならないため、M&Aに直面すると非常に業務量が増えることとなります。

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