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「社内にいない」「外部にも少ない」専門人材をどう育むか?

クレイア・コンサルティング 2018.6.8

人手不足が深刻化する今日、企業の間では熾烈な人材争奪戦が繰り広げられています。特に、ビッグデータ分析や人工知能(AI)に携わる専門人材は、業種を問わず争奪戦が激化しています。熾烈な人材獲得競争からふるい落とされぬよう、企業は、専門人材の報酬の見直し、大学や専門機関との連携による人材の確保など、積極的な取り組みを行っています。企業の競争力を高める専門人材が「社内にいない」「外部からとれない」状況にある中、どれだけ人材の流動化が進んだとしても、「必要な人材を自社内部で育てること」は依然として多くの企業にとって重要課題と言えます。

本コラムでは、デジタル社会の中で求められる新しいタイプの「専門人材」は、従来の「専門人材」とどのような点で異なるのか、そのような人材を社内で育成するための有効な施策としてどのようなものが考えられるか、考察してみたいと思います。

デジタル社会で必要とされる「専門人材」とは?

これまでのコラムでも取り上げてきた通り、テクノロジーの進化に伴い、人材に求められる要件は日々刻々と変化しています。デジタル社会において果たしてどのような「専門人材」が企業の競争力の源泉となっていくのでしょうか?

かつての工業化社会を前提にしたモノづくり経営では、いかに効率的に製品を生産するかという生産プロセスに焦点が当てられ、与えられたタスクや課題を正確かつ効率的に処理する人材が求められてきました。しかし、あらゆるモノがインターネットに繋がり、市場や顧客のニーズが目まぐるしく変化するデジタル社会においては、商品・サービスのライフサイクルは短縮化の一途をたどり、常に新規事業を開拓し、市場に新たな商品・サービスを生み出さなければなりません。その結果、新たな商品・サービスを生み出し、経営成果に繋げる人材こそが企業にとって重要な戦力となります。本コラムでは、以後このような人材を「トレンド専門人材」(※筆者による造語)と呼ぶこととします。

なお、本コラムでは「専門人材」を「所属する組織・企業に帰属意識を有し、同時に担当職務において所属する組織・企業を越えて社会に通用する高度な専門性を有する存在」と定義します。下図は、服部治と谷内篤博による企業における人的資源の分類を引用したものですが、本コラムで取り上げる「専門人材」とはこの中の「スペシャリスト」に該当します。ちなみに、自らの専門領域にコミットメントする人材として、「プロフェッショナル」という分類も存在します。この「プロフェッショナル」とは、一般的に「組織・企業への帰属意識が弱く、有期の契約や業務委託契約を交わし、業務を請け負う人材(具体的には、弁護士や会計士、コンサルタントなど)」と定義されており、外部調達人材を前提としている点で、本コラムにおける「トレンド専門人材」とは異なります。また、本コラムでは「組織内部の専門人材」に限定して筆者の考えを述べたいと思います。

企業における人的資源の分類

「トレンド専門人材」を社内で育成するために施策とは?

「トレンド専門人材」を育成するために有効な施策には、どのようなものがあるのでしょうか。ビッグデータやIoTを活用する上で必要不可欠な職種として、昨今注目を浴びている「データサイエンティスト」を事例に取り上げてみたいと思います。

1)「データサイエンティスト」とは、どのような職種なのか?

「データサイエンティスト」とは、大量のデータを分析し、それらを実行可能な事業戦略に転換する一連のプロセスを担う職種であり、現在あらゆる業界で「データサイエンティスト」へのニーズが高まっています。デジタル化社会における新たな職種であり、既に「一般社団法人データサイエンティスト協会」という協会も設立されています。

当協会によれば、「データサイエンティスト」とは「データサイエンス力、データエンジニアリング力をベースにデータから価値を創出し、ビジネス課題に答えを出すプロフェッショナル」と定義されています。(尚、この定義における「プロフェッショナル」とは、体系的な専門性を持って顧客に価値を提供し、その対価として報酬を得る人材を示しています。前述の「プロフェショナル」の要件として挙げた、組織や企業への帰属意識の弱さや雇用形態については特に定義されていないため、ここでは「専門人材」に置き換えて考えることとします。)

また、「一般社団法人データサイエンティスト協会」は、「データサイエンティスト」には、次の3つのスキルが必要であると定義しています。

【データサイエンティストに必要な3つのスキル】

  • ビジネス力:課題背景を理解した上で、ビジネス課題を整理し、解決する力
  • データサイエンス力:情報処理、人口知能、統計学など、情報科学系の知恵を理解し、使う力
  • データエンジニアリング力:データサイエンスを意味ある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力

筆者も最近のコンサルティングプロジェクトの中で様々な企業の「データサイエンティスト」にお会いする機会が増えていますが、こうした方々は皆口を揃えて「データサイエンティストには必ずしも統計スキルや分析ツールを使いこなす力、テクニックは必須ではない」と述べています。スキル以上に、どれだけビジネス的な観点から顧客に価値あるインサイトやサービスを提供できるかが重視されているのです。つまり、「データサイエンティスト」は、先程の3つのスキルを効果的に組み合わせながら自社の「儲けるしくみ」を生み出す点において、データの収集・保存・処理などのスキルを駆使する「データエンジニア」とは本質的に異なる職種と言えるのです。

米国の調査会社ガートナーによれば、将来日本では「データサイエンティスト」が約25万人不足すると予測されています。「一般社団法人データサイエンティスト協会」は、データサイエンティストのスキルレベルを4段階で設定していますが(「見習い」⇒「独り立ち」⇒「棟梁」⇒「業界の代表」)、「棟梁レベル」の人材が圧倒的に不足していると言われます。“全体最適の戦略を策定し実行する”棟梁レベルのデータサイエンティストこそが、本コラムの「トレンド専門人材」に該当すると言えます。その下の「見習い」「独り立ち」レベルの人材をいかに育成していくかが重要であり、外部からの人材獲得が難しい状況にある中、多くの企業が「データサイエンティスト」の内部育成に乗り出し始めています。

データサイエンティスト_人数規模と育成レベルの定義

2)「トレンド専門人材」を育成するための有効な施策とは?

「トレンド専門人材」を育成するための有効な施策について、前述の「データサイエンティスト」を例に挙げながら、①組織設計、②人材配置、③人事制度、という三つの視点で考えてみます。

① 組織設計

組織設計の観点では、“自らの専門技術や知識を経営成果に結び付ける”環境を組織内に作り出すことが有効です。例えば、「データサイエンティスト」を育むケースであれば、社内にある豊富で魅力的なデータを前にして沸き上がる「新しい発見をしたい」「新しい分析手法を試したい」といった知的好奇心や向上心を抑えさせ、「そのデータを用いて自社のビジネスにどう活かすのか?」「そのデータを何に使うのか?」ということを最優先に考えさせるのです。専門人材の知的好奇心や向上心を経営成果に結び付ける方向に転換させるためには、本人の自制心だけでは限界があるので、組織設計を工夫し、半ば強制的に「ビジネス思考」「ビジネス感覚」を意識させながら担当業務に取り組まざるを得ない環境を作り出すのです。

この事例としては、「大阪ガス」の取組みが参考となります。「大阪ガス」には、「ビジネスアナリシスセンター」と呼ばれるデータ分析の専門組織が、IT部門(情報通信部)の内部組織として設置されています。この組織の最大の特徴は、「スポンサーシップ制度」と呼ばれる独立採算制の運営を行っている点です。「スポンサーシップ制度」のもと、「ビジネスアナリシスセンター」はIT部門(情報通信部)の予算で活動を行うのではなく、社内の事業部門や関係会社に自らの専門性を駆使してどのような経営成果を生み出すことができるか提案を行い、業務委託契約を締結することではじめて予算を獲得できる仕組みとなっています。このような組織体制を採用することで次のような効果が得られています。

[大阪ガスにおけるデータサイエンティストの活躍 ~独立採算制の組織設計~]

(河本 薫(2017)『最強のデータ分析組織 なぜ大阪ガスは成功したのか』日経BP社,をもとに筆者加筆)

  • データ分析組織が提示する費用(必要な予算)に対し、事業部門がその額を支払うだけの成果が期待できるか否かを総合的に判断してから受注が決定するプロセスが取られるため、データ分析の内容や結果にどの程度ビジネス効果が期待されているのか明確となる。
  • 業務委託を行う側(事業部門)も受ける側(データ分析組織)も、事前に取り決めた成果を出すためには、両者が連携して協力し合う必要があるため、事業部門との関係性が強まると同時に、成果に対する責任意識を持たざるを得なくなる。
  • データ分析結果を現場に使用させるところまでを成果として契約に含めることで、データサイエンティストは、ビジネス上の課題を発見し、解決し、実際に現場に利用させるという一連のプロセスに大きな責任を持つことになる。その結果、データサイエンティストに対する社内評価も単なる「便利屋」ではなく、「ビジネス成果の創出を強力に推進する専門人材」という位置付けとなる。

② 人材配置

社内の専門人材を束ね、指揮統率するポジションに、どのような人材を配置するか、ということも配下の専門人材を育成していく上で重要な要素となります。高度な専門性に加え、幅広い領域を俯瞰して見る力とビジネスセンスを兼ね備えた人材を数多く育むことは難易度の高い取組みと言えます。専門人材の技術や知識を監督し、その技術にどのように取り組むべきか判断し、方向性を示す人材をリーダーのポジションに配置できるかどうかが鍵となります。

例えば、「CDO」(Chief Digital Officer, 「最高デジタル責任者」)と呼ばれる役職について考えてみましょう。「CDO」のミッションは、企業におけるデジタル化を推進するために、組織の現状を変革することであり、日本でも徐々に設置する企業が増えています。「CDO」の役割は大きく3つ挙げられます。1つ目は、多様なデジタル技術の中からどの技術が会社の経営成果を生み出すために必要となるかを見極めることです。2つ目は、全社的なデジタル化の取組みに向けて組織内に適切なカルチャーを醸成することです。これは、現場が大切にしている勘・経験を体系化し、適切なロジックに置き換え、デジタル化する流れを後押しすることです。そして、3つ目に、デジタル化を推進するための体制作り、すなわち、必要な資金や人材の確保と配分を決定することです。

では、「CDO」の役割を担える人材をどのように育成すれば良いのでしょうか。単一の施策で短期的に「CDO」を育てることは難しいものの、一つの方策としては、自社のコア技術や専門性に精通した人材の中から「ビジネス感覚」「経営マインド」を持った人材を早期に選抜し、事業の立ち上げや立ち上げ後の収益化をリードするポジションを経験させながらジョブローテーションを通して「専門性を経営成果に結び付ける経験」を数多く積ませることが有効と考えます。

実際、企業内の「CDO」を対象に実施された調査によれば、「CDO」の出身は「マーケティング、営業」が最も多く(39%)、次いで「テクノロジー」(32%)、「コンサルティング、戦略、事業開発」(21%)の順に多くなっています。(「Strategy& CDO調査(グローバル)2016」より)この調査結果からも、「CDO」の育成においては、ビジネス経験や企業経営に関わる経験が重要な影響を与えていることがうかがえます。

職務別CDO出身割合

③ 人事制度

上記①②の施策をより効果的に機能させるためには、企業内の人事制度にも「専門人材を育成するための機能」を盛り込んでおく必要があります。組織設計や人材配置を工夫しても、トレンド専門人材を公平に処遇する仕組みが整っていなければ、せっかく育て上げた専門人材の外部流出を招く恐れがあります。デジタル化社会において、特にデータサイエンティストのような希少価値の高い人材は、最も人材獲得競争が激しい職種の1つと言えます。

一方で、日本におけるデータサイエンティストは、まだまだそのスキルや役割が曖昧な職種であることも事実です。そのため、自社の期待にデータサイエンティストのスキルセットが一致しない、キャリア・パスを描けない、といった問題が生じる可能性があります。先程の大阪ガスの事例にもありましたが、まずは事業部門とどのようなビジネス成果を生み出していくことが期待される職種なのか、そのための鍵となる専門性やスキルセットは何なのか、ということを具体的に明示していくことが「トレンド専門人材」をリテンション(定着)するための第一歩となります。尚、その際には、すぐに陳腐化してしまう専門能力を精緻に言語化しようとするのではなく、「自社のビジネスモデルをデータの視点から高度化する能力」「日々のデータから将来のシナリオを創造できる能力」といったように、より汎用的な基準で人材要件を示すことが1つのコツとなります。

また、キャリア・パスについても、前述の「一般社団法人データサイエンティスト協会」が定義するデータサイエンティストの育成基準を活用しながら、社内に資格認定制度を設置し、「データサイエンティスト予備軍」たちにステップアップの道筋を提示することが必要となります。ただ、本当に希少価値の高い人材を育もうとすれば、一律のキャリア・パスを示すだけでは不十分であることもまた認識しておく必要があります。「トレンド専門人材」が自らのキャリアを自律的に考えられるように人事制度に一定の柔軟性を持たせておくことも必要です。

更に、内部育成を前提とすれば、従来の技術や仕事の仕方に慣れ親しんだ社員の思考様式を変えていく上で、評価やインセンティブの仕組みを見直していくこと求められるでしょう。「専門性をビジネスにつなげる」行動が強く奨励され、それを実践した専門人材自身が「得」をする評価システムや、ビジネス成果が出た際には金銭的報酬だけでなく、より大きな経営資源や権限が配分されるインセンティブの仕組みも必要となるでしょう。また、「ビジネス成果に結び付くか否かが容易に想像できない」データサイエンティストのような職種においては、「失敗を共有する仕組み」「トライ&エラーや再チェレンジを認める制度」も備えておく必要があるでしょう。

以上、データサイエンティストを事例に、「トレンド専門人材」を社内で育成するための施策について考察してきました。企業を取り巻く環境の変化は激しく、組織において必要とされる専門性も日々急速に進化しています。そのような中で企業は常に最適な人材マネジメントを模索していかなければなりません。本コラムがその一助となれば幸いです。

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クレイア・コンサルティング

旧アーサーアンダーセンの組織人事コンサルティング部門出身者がコアメンバーとして立ち上げた組織人事コンサルティングファーム。人事制度改革等の問題解決を通じて、クライアント企業の価値向上、経営革新、持続的な成長を支援。
設立当初からClient Firstを信条とし、ビジネス環境に合わせた"ベストプラクティクス"を追求し続け、「企業の価値向上と働く人の満足の最大化」を実現すべく、組織・人事領域に専門特化したコンサルティングサービスを提供。

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