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テクノロジーの進化が促すHR領域の変化(後編)

前編では、HR Tech、AI、ピープルアナリティクスなど、昨今の様々なテクノロジーの進化の中で、特にHR領域(人材マネジメント領域+人事マネジメント領域)に影響を与えている変化として、①モバイル・ソーシャルの爆発的普及、②ユーザビリティの飛躍的な向上、③AI技術のブレイクスルーの3つを概観しました。

今回は、これらのHR領域におけるテクノロジーの進化を昨今の人事課題にどう生かせるのかを考察してみたいと思います。

昨今注目されている人事課題とその背景

長期トレンドとしての超高齢・人口減少社会をベースとして、ここ数年の景気回復に伴う一部業界での深刻な人手不足、大手企業を中心に広がりを見せる働き方改革など、近年人事・人材関連のキーワードをいたるところで目にするようになりました。

この動きは、リクルートワークス研究所の「Works人材マネジメント調査2017」にも顕著に表れており、「新卒採用の強化」、「中途採用の強化」、「労働時間短縮への取り組み」が、数ある人事課題の中でも上位10位以内にランクインしています。これら3つの課題は、同研究所の2011年の調査結果では10位以内に入っていませんでしたので、いかにここ数年でこれらのテーマが企業の人事にとっても中心課題になっているかが分かります。

もう一つ、同調査から読み取れる別の課題にも触れておきたいと思います。2001年~2017年までの7回の調査で、10年前上位にあった

メンタルヘルスへの対応」は現在大きく順位を下げている(2017年では10位)のに対し、「次世代リーダーの育成」は2001年以降一貫して数ある人事課題の中でも1位の座をキープしています(1位でなかったのはメンタルヘルスがトップになった2007年のみ)。 「メンタルヘルスへの対応」が順位を下げているのは、一つにはいわゆるうつ病の社会問題化に伴い多くの企業で抜本的な対策が進んだこと、ストレスチェック義務化など予防に向けた法整備や体制が整ってきたこと、健康経営など新たな枠組みでの対応に関心が移ってきたことなどが起因しているものと思われます。

一方「次世代リーダーの育成」についても、20年近く前から課題と認識されているだけあって、多くの企業で様々な取り組みがなされてきています。例えば、大手企業の5割程度に導入されている次世代経営幹部育成研修や、5年ほど前から検討・導入が進みつつあるタレントマネジメント施策も、関連する取り組みの一つです。しかし、それにも関わらず、様々な調査でいまだにその取り組みが十分でなく、必要人員が育ってきていないと考える企業が多いのは、日本企業固有の問題が根底にあるからだと言えそうです。

さらに、今なぜ人事がこうした課題への対応に追われているのか、その背景をもう少し掘り下げてみる上で、日本能率協会(JMA)の「2017年度(第38回)当面する企業経営課題に関する調査」でここ数年の間にクローズアップされた経営課題をみておきたいと思います。

本調査も長期間にわたって同一項目で経営課題のトレンドを追っているのですが、「収益向上」といった毎年上位に挙がってくる主要課題の顔ぶれはほぼ同じである中、変動幅の大きいものだけピックアップすると、「売上・シェア拡大」が2012年あたりから大きくポイントを下げ、一方で「グローバル化」、「事業基盤の強化・再編、事業ポートフォリオの再構築」、「働きがい・従業員満足度・エンゲージメントの向上」が大きくポイントを上げています。(ここでいう変動幅、ポイントの上げ下げは、当該課題が重要と考える企業の割合の増減を意味します)

この結果を敷衍して解釈すると、大きな社会構造の変化に伴い、企業経営者の目下の課題は、既存のビジネスモデルの延長線上で目先の売上・シェアを伸ばすことに注力するよりも、中長期を見据えた海外事業への注力や、国内の事業再編、ビジネスモデルの再構築に関心が移ってきているということではないかと思います。

先ほどの人事課題と合わせて考えると、次世代リーダーの育成が求められる背景にはこうした経営状況が大きく影響していることと、次世代リーダーに求めることの中身(必要人材の資質、能力等)もわずか5年程度の間に大きく変化しているということが見えてきます。また、「新卒採用の強化」、「中途採用の強化」についても、中身としては既存事業の維持に必要な人材不足への対応よりも、むしろ海外や事業再編、新規事業創出等に必要な高度専門人材の確保・育成のほうがより重要になってきていると想定されます。

そしてもう一つ注目したいのが、「働きがい・従業員満足度・エンゲージメントの向上」がここ数年の間に大きくポイントを伸ばしていることです。こちらはどちらかというと足元の深刻な人材不足の影響を受けて、いかに必要な人材を採用しやすく、必要な人材に辞められにくい会社・組織を作るか、という問題意識から注目されている課題ではないかと推察します。

そして先ほどの人事課題と合わせて考えると、働き方改革の一つのテーマでもある「労働時間短縮への取り組み」が、これに合致した課題になると考えます。そしてこの動きは、単なる労働時間の短縮から、抜本的な生産性改革と付加価値創出に向けた、男性中心の働き方からの脱却と意識改革、ワークスタイル変革、女性活躍推進へとつながっていくものと考えます。

テクノロジーの進化を人事課題の解決にどう生かすか

ここまで、近年注目されている人事課題とその背景にある経営課題を概観してきました。簡単にまとめると、以下のようになります。

経営課題と人事課題

さて、前編で紹介したようなテクノロジーの進化は、これらの課題解決にどの程度役立てることができるでしょうか。一つずつ順番に見ていきたいと思います。

まずA)中長期を見据えた新卒・中途採用の強化と次世代リーダーの育成については、②ユーザビリティの飛躍的な向上と③AI技術のブレイクスルーの活用を活かして採用、育成、配置、任用、評価、処遇といった人事マネジメントプロセスの改革につなげることが可能です。

例えばグーグル社では、面接時に優秀に見えても実際には業績を上げられない人を排除するため、当初1人を採用するのに250時間も(1000人雇うのにフルタイムの社員が125人も必要になる計算)かけていたそうです。結果、採用効率が低下し、必要人数を確保することが困難になったため、採用チームを再編成し、採用や入社後のパフォーマンスに関するデータを収集し、様々なデータ分析・活用を行うことで、抜本的なプロセスの改善につなげたそうです(出典:「WORK RULES!」 Laszlo Bock)。具体的には、以下のようなデータ分析と活用を実施したようです。

  • 採用した1万人と不採用にした数百万人を対象に、どのような人がグーグルで成功するかを調査し、①一般認識能力、②リーダーシップ、③「グーグル的であること」(愉快なことを楽しむ、ある程度の謙虚さを備えている、きわめて誠実である、曖昧さを楽しむ余裕がある、人生において勇気のいるもしくは興味深い道を進んできた)、④職務関連知識の4つが、その後のパフォーマンスを予測できるということを明らかにした。
  • 採用プロセスについても、受験者ひとりにつき最大25回もの面接をおこなうことが役立つかを調査し、結果4回の面接によって採用すべきかどうかを86%の信頼性で予測できることを発見した。その後の面接では1回につき1%しか予測精度が向上しなかった。これを「4回の法則」として受験者が実際に受けられる面接の回数を制限した。
  • 合否を見極めるキーワードの分析結果を手掛かりにスクリーニングした不採用者1万件の応募書類を見直し150名を採用する「再評価プログラム」も実施した。

こうした取り組みは、これまでも社外のコンサルタント等をうまく活用すれば実現できたことかもしれませんが、グーグル社のすごいところは、人事内にデータ分析と活用だけを行うデータサイエンティストを配置し、何度もトライアンドエラーを重ねながら上記のような法則を見出し、実際に採用プロセスの革新と大幅なコスト削減につなげているところです。昨今のピープルアナリティクスブームはこのグーグル社の取り組みが発端だともいわれています。

ただ、ここで一つ注意が必要なのは、上記のようなアプローチが有効なのは、あくまで社内に豊富なデータがあり、それを活用できる専任のスペシャリストが置ける場合のみである、ということです。例えば当初の問題意識であった次世代リーダー育成にこうしたアプローチを採用したいと思った場合はどうすればよいでしょうか。仮に、過去10年間に実施してきた次世代リーダー育成に関わる様々なデータ、例えば次世代リーダー候補人材の能力や適性等に関する経年のアセスメントデータ、評価や育成に関する結果だけでなく質を判断するための定性データの履歴、過去経験した案件の規模、難易度、関与人数等の履歴などをすべて記録しており、それらを正しく分析できるデータサイエンティストを配置することができる環境が整っていれば、上記アプローチを今すぐにでも採用できるでしょう。しかし、残念ながらそういう状況にないということであれば、当面は社外のコンサルタント等を活用しながら地道にデータを蓄積しつつ、社内で実施できる環境・体制を整えていくことが、テクノロジー活用に向けた最初のステップになるかと思います。

次に、B)抜本的な生産性改革と付加価値創出に向けた働き方改革の推進についてはどうでしょうか。こちらも上記のようなピープルアナリティクス的アプローチで、生産性向上に向けた人事プロセスの改善を継続的に行う体制を整えることが有効となります。

しかし、近年の働き方改革の反省点として言われるように、強制的に残業を禁止したり、働きやすいオフィス環境・福利厚生を整備するといった形だけの改革では、およそ狙っている効果の実現は難しいでしょう。そこで照準を合わせるべきは、やはり会社と社員の意識改革ではないかと思います。すなわち、必要なのは日本能率協会の調査であげられていた「働きがい・従業員満足度・エンゲージメント」そのものの見直しであり、会社と社員を主従関係に見立てた「働かせ方をどうするか」という視点ではなく、会社と社員がWin-Winな関係を目指す意味での「働き方はどうあるべきか」という視点ではないかと考えます。

ここで、近年注目されている「エンゲージメント」という概念について少し触れておきたいと思います。この言葉が最初に登場したのはボストン大学心理学教授のウィリアム・カーン氏の1990年の論文といわれており、その定義を「組織メンバー自身が仕事上の役割に活かす上で、肉体的(physically),認知的(cognitively),感情的(emotionally)に役割に専念するとともに自己表現すること」としています。すなわち、元々の意味は、会社と個人の相思相愛的な関係性という文脈で用いられたのではなく、個人の立場から見た仕事や仕事上の役割において没頭した状態のことを指し、没頭した状態、すなわちエンゲージメントが高い状態のほうが、高いパフォーマンスを生み出せる、という考え方です。その後、アメリカの心理学者フランク・L・シュミット博士らが従業員満足を発展させる考え方として、先ほど言及したような会社と社員がWin-Winな関係を目指す意味でのリテンション(離職防止や定着等)という文脈で「従業員エンゲージメント」という言葉を使うなど、新しい概念であるがゆえにいまだ明確な定義が定まっていないキーワードと言えそうです。しかし、「エンゲージメント」に関する近年の様々な研究が「エンゲージメントが高い社員は会社にとっても本人にとっても有益である」という結論を出していることからまず欧米で注目され、ここ数年の間に日本の人事領域でも注目されています。

少し脱線しましたが、B)働き方改革の文脈では、個人に軸足をおいた「エンゲージメント」という考え方に基づき改革を進めていくことが、今後より重要になってくると思われます。また、テクノロジーの進化の関連で言えば、前編のコラムの中で「①モバイル・ソーシャルの爆発的普及に伴い、個々人が所属する独自のコミュニティの中で、自分の働く環境や処遇を他者と容易に比較できるようになったことで、少しでも不満を持つ社員を引き留めることが困難になりつつある」という話をしました。裏を返せば、上手に個人のエンゲージメントを高めることができれば、社員の離職防止や定着に役立つだけでなく、働きがいのある会社であることが個人の興味・志向性が近いコミュニティを通じて拡散することにより、企業のブランドイメージ向上、優秀人材の惹きつけや採用につなげることも可能になります。

この考え方に基づき、新たな採用手法として日本でも注目を浴びつつあるのが、「リファラル採用」です。これは、社員やOB・OGの人脈の中から、自分の会社に適性が高いと感じられる人や、今の職場に必要な能力を持っている人を紹介・推薦してもらい、選考をする採用手法で、先に紹介したグーグル社をはじめとして、既に米国では主流の採用手法として定着しているようです。

これ以外にも、エンゲージメントを高める取り組みとして最近注目を浴びている1on1(上司と部下が定期的に行う1対1のミーティングのこと)やOKR(Objective and Key Result:企業や部署など組織の目標と社員個人の目標を連動させることにより、会社全体をひとつの方向に向け目標を達成させようという管理手法)、そしてこれらを運用しやすくするための様々なHR Tech系ツールも次々と登場していますので、こうしたものを上手に取り込みながら、ボトムアップで変革の波を作っていくことも、これからの人事に求められることではないでしょうか。

以上、前編後編にわたり、テクノロジーの進化が本質的にHR領域にどんな影響を及ぼし、どんな変化が生じつつあるのか、こうした変化に対してこれからの人事は何をすべきかを見てきました。人事に関わる皆様には、これらの変化をうまく活用しつつ、是非様々な人事改革にチャレンジしていただきたいと思います。

AUTHOR
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和田 実(わだ みのる)

クレイア・コンサルティング株式会社 シニアマネジャー
九州工業大学情報工学部卒業。

大手SIerおよび専門商社の人事部門にて、人材開発や人事制度設計、グループ会社の人事ガバナンス改革に携わる。その後、国内系人事コンサルティング会社を経て現職。
主に人事制度改革や人材育成の仕組みづくり、また制度導入後の定着支援を中心にコンサルティングを行う。最近では、タレントマネジメント文脈での人材の発掘・登用、配置・育成の高度化にも従事。

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