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新たな組織・人事のマネジメントの答え【後編】~持続可能な企業経営を目指す~

針生 俊成 2022.10.7

前編では、ニューノーマルにおける組織・人事のマネジメントを構想するにあたり、最大の課題がコミュニケーションにあるとの考え方の下で、組織のコミュニケーションを、インフォメーション、コーディネーション、ディレクション、インスピレーションの4つの視点から検討しました。

後編では、企業は新たな組織・人事のマネジメントをいかに構築すべきなのか、そしてニューノーマルへの対応を進めるとき、マネジャーや人事責任者はなにを考えるべきであるかを説明します。

新たなマネジメントをいかに構築するか

企業が「二の足」を踏む理由

前編まで目を通した読者の中には、「いままで、どれも気付いているよ」と思った方もいるでしょう。ある意味、それこそが本稿で期待していたことです。

多くの企業の経営者や人事部、あるいは経営企画部は、ニューノーマルへの対応についてすべきことを、何となくは理解しているのかもしれません。

では、なぜ企業は新たなマネジメントのあり方を本格的に考えるところまで踏み出せないのでしょうか。

恐らく、どこか一つを変えたときに「バランスが崩れる」ことを直感的に感じ取っているからでしょう。もちろん変革とはバランスを崩すことでもありますが、そこに「新しいバランス」の青写真を描けなければ、それは「向こう見ずな冒険」となってしまいます。

この連載では「オンライン時代の人事課題の処方箋」として、ジョブ型雇用自律的キャリアの促進組織学習ワークエンゲージメントリスキリングといった新しい「道具」を紹介してきました。どれもニューノーマルで効果的な処方箋であることは間違いありません。

しかし、これらは組織内のコミュニケーションに、それぞれ異なる影響をもたらします。そのことを理解して施策を組み合わせる、言わば「飲み合わせ」を考えることが大切です。そのときに、前編で解説した4つの視点から分析していくことが重要です。

例えば、職務記述書で仕事を明確にするジョブ型雇用は、一人ひとりが自律的に業務を遂行しやすくするためのものであり、インフォメーションの視点に重心があります。他組織や利害関係者との連携や協調に関する役割を盛り込み、それを職務評価で勘案するなどの工夫次第で、コーディネーションの視点も取り入れられます。

また、自律的キャリアやリスキリングも同様に「個人のスキルを磨く」という方向性で語られることが多く、インフォメーションの視点に重心があります。

ワークエンゲージメントは、自律的で自己完結的なタスクの遂行と、社員間の交流や経営陣を含めた企業全体の文化の醸成の双方を追求するものと考えられ、コーディネーションの視点での取り組みを促すものになります。

組織学習は、ディレクションおよびインスピレーションの視点であり、新しい知識創発を促すものです。

自社に適したマネジメント

これらのバランスをどう作るか、つまりどこに重きを置くかは、企業または事業、あるいは機能や職種ごとに異なります。

例えば、営業のように「個の力」に源泉がある業務では、インフォメーションの視点から検討を始めるべきでしょうし、医療のように「組織の力」たるチームワークこそが肝心の職域ではコーディネーションの視点から組み立てていくべきです。

また、一般事務やコールセンターのように既にある情報の流れを整理していくことを考えるべきケースもあれば、事業開発のように新しい情報の流れを作ることが付加価値そのものであるケースもあります。

大企業では、機能ごとに組織形態や制度を変えるわけにはいかないことが多いため、自社の事業の強みの源泉がどこにあるのか、あるいは事業ポートフォリオを俯瞰して、どのように組織全体の能力が維持されてきたかということを考える必要があります。

もちろん「いまの事業や業務」とともに「あるべき事業や業務のあり方」を踏まえることも重要です。

自己完結型の営業でなく、他組織との連携が強化された営業のビジョンを持つ企業であれば、前者の場合よりもコーディネーションの視点を重視することになります。将来を見据えてマネジメントを設計することで、単なるニューノーマルへの対応を超えて、企業や事業を変えていく動きと連動するようになります。

4つの視点から、自社の事業や機能ごとの業務の特性を踏まえて、課題を定義し、施策を組み合わせていくことで、最適な「新たなマネジメント」の形態を見つけることができます。そうすれば、ニューノーマルから取り残される失敗も、拙速な新しもの好きによって混乱する失敗も回避することが可能になります。

マネジャーと人事責任者が知っておくべきこと

ニューノーマルにおけるマネジャーの仕事とは

これまでは、組織内のコミュニケーションをとらえて、インフォメーション、コーディネーション、ディレクション、そしてインスピレーションの4つの視点から、ニューノーマルにおける新たな人事マネジメントの構想を検討しました。

改めて力説すべきは、この新しい構想では、「マネジャーの仕事を理解し直す」必要があるということです。

新たな人事マネジメントにおいては、マネジャーは、「職務を構成する」、「一人ひとりの自律的な業務を促す」、「チームに課題を示す」ことを担っていきます。それぞれについて、前編を踏まえながら、必要な行動を考えてみましょう。

自律的な働き方を可能とする職務構成を行う

第1に、マネジャーはメンバーが自律的に働くことができる職務の構成を行います。そのときのチェックポイントはメンバーの職務と「成果物」の関係を考えることです。

「作業」ではなく「成果物」を基準に点検します。理想的であるのは、まとまった範囲の成果物を1人が単独で完成できることです。これとは逆に、1つの成果物を作るために複数の人物が関与しなければならない体制は、あまり望ましいとは言えません。実際には、さらに一人ひとりの能力やスキルが異なることを考慮する必要があります。

職務記述書を前提とするいわゆる「ジョブ型(職務基準の組織運営)」の場合は、ある程度その構成を固定的に決めていくことになります。職務記述書によらない「非ジョブ型(ヒト基準の組織運営)」の場合は、時々に配置されている人員に合わせて変えることも可能です。

メンバーの自律性を高める働き方と協働を可能にするための支援を行う

第2に、一人ひとりが、情報を適切に処理し、行動し、他のメンバーと協働するための、支援を提供します。

業務上の過程を逐一監視する「マイクロマネジメント」を脱却し、メンバーが成果物の品質を上げるために必要な助言を与えたり、モチベートしたりすることへ移行するよう求められます。また他のメンバーがもつ知識や経験に関する情報を伝えて、メンバー同士の学習や相互支援を促進します。そのほか、会社や部署としての重要な価値基準を繰り返し伝えることで、メンバーが組織としての共通言語を持ち、正しい選択をできるようにします。

これらの表裏として、マネジャーは、メンバーに対して「説明する責任」を求めることも必要です。それは業績責任を負わせるとか、成果責任を要求するということを必ずしも意味するものではありません。業務を遂行するうえで、説明を求められる可能性を常に意識させることが、自律的な働きを高めるという意図によるものです。

「支援を提供」と書くと「手を差し伸べる」という「ソフトさ」を高めるようにも見えますが、(それも1つの側面ではあるものの)仕事の「統制の仕方」を変えると捉えることが適切です。

新しい価値を創造しやすい場をつくる

第3に、常に新しく、そして興味深く、大きな課題を提示し、メンバー間の探索的なコミュニケーションを生み出すことで、新しい価値を創造しやすい場をつくります。

これは目の前の課題を処理していくというマネジメントを続けるだけでは実行できないことです。ある意味、マネジャーの仕事を大きく理解し直さなければいけないかもしれません。

マネジャーとしての広い視点や新しい視点、また独特の角度から、課題を発見し、課題を理解する枠組みを与えること、それをもとにメンバーの思考活動を促すことが要求されます。無論、従来から戦略的な意思決定を担っているトップマネジメントは日頃よりこれを行っています。しかし、ニューノーマルではミドルマネジメントにも、従来よりもやや不利な条件でも高い創造性を求められます。

ここで誤解なきように記しておくと、マネジャーが自らの管理対象について必ずしも精通している必要はありません。メンバー同士の閃きが生れるようなコミュニケーションが増加すればよいのであって、領域外からの視点や、異なる立場ゆえの見方を生かして実践することも可能です。

マネジャーの役割は多岐にわたっています。

ミンツバーグは、マネジメントを「情報の次元」、「人間の次元」、「行動の次元」の3つに分け、モニタリング活動からトラブル対処まで、活動が極めて広範囲であることを示しています(*1)

こうしたマネジメントの機能そのものはいつの時代も変わりません。しかし、多くのマネジャーは、日頃の業務に忙殺されており、いつも大量の情報に溺れながら断片的に業務をこなし、どこか中途半端にメンバーをコントロールし、必要に迫られて指導しながら、時間が流れているのが実情ではないでしょうか。

マネジャーはその責任とともに裁量もあるため、それで業務が進めば問題ないとされがちですが、ニューノーマルはそこに課題を突き付けています。

そうした状況において、マネジャーの仕事を理解し直し、やるべきことを明らかにするための軸が、

  • 職務をデザインする
  • 一人ひとりの自律的な業務を促す
  • チームに課題を示す

という3つの軸なのです。

新たな組織・人事のマネジメントに向けて人事責任者がすべきこととは

企業の人事責任者は、新たな組織・人事のマネジメントの構想に向けて、なにをすべきでしょうか。

第1段階で行うことは、前節で記載のとおり、自社の「新たなマネジメントの姿」を定義することです。

これは「戦略」のレベルに当たります。インフォメーション、コーディネーション、ディレクション、インスピレーションの4つの視点から、いまのコミュニケーションの状況を観察し、自社の現在と将来の事業や業務の特性を踏まえて、考え始める出発点を定めて、検討していきます。

これを丁寧にすることが、理論的に考えうる失敗を避けるだけではなく、マネジメントのあり方を大きく変えるということへの、経営者や「関係各所」の不安を小さくすることに繋がります。さもなければ、「あれはどうなるのだ」とか「滅茶苦茶になる」といった懸念や抵抗で頓挫するか、強権に頼らざるを得なくなるかもしれません。

第2段階では、「戦術」のレベルになります。

新しいマネジメントへ変えるためには、「組織構造」、「制度」、そして「個人」のそれぞれに対して働きかけなければなりません。組織構造は、ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資源の組み合わせや配置を定めます。

制度は、ヒトの動きや情報の流れを、ルールとして強制したり、インセンティブで誘導したりします。個人には、一人ひとりの能力や価値観が、戦略と合致するようにします。これらが歯車のように嚙み合うことで、新しいマネジメントが実現します。

新しいマネジメントにするために働きかける要素

例えば、インフォメーションの視点で言えば、本稿では職務システムに焦点をあてて解説しました。しかし現実に実行するならば、それで十分であるとは言えません。

そもそも一人ひとりが自律して業務を遂行するには、働き手が自己管理能力をある程度身につけることが前提となります。細かく都度指示を出すときとは、一人の上司が管理すべき(あるいは、管理できる)部下の数が異なる場合もあるでしょう。そうであれば組織構造にも影響を及ぼします。

これらは有機的に結びついて効果が生じるものであり、残念ながら、その関係を包括的に解説することはあまりに複雑で困難です。

さらにニューノーマルにおいては、ICTを使ったやり取りなどの「テクノロジー」や、オフィス空間の見直しのような「物的空間」といった、「組織構造」や「制度」を構成する要素も様々に考える必要が生じています。

しかし、3つの関係に絶えず考えを巡らせて、自社ですべきことを考えることが重要だということは確かに言えます。

例えば、パンデミックが発生してから、「リモートワークで人事評価がしにくい」「リモートワークは怠け者を生じさせる」という声がありました。

けれども本当に、人事評価という制度だけの問題なのか、個人の就業意識だけの問題なのか。それら一つひとつには真実も含まれているでしょうが、より大きな「矛盾」が根にあり、それがいくつかの「現象」として見えていると言うべきケースが多いと考えます。

変革のときも、組織構造を変えれば、制度や個人のどこかに矛盾が生じる。制度を変えるときや個人を変えるときも然りです。

本稿を読んでいただいた方々も、改めて自社に目を向けると、パンデミック以降のいくつもの「問題事象」を思い出すはずです。そのときに、いきなり「処方箋」を書くのではなく、自社の健康を「総合診療」し、人事責任者として新しいマネジメントを表現することが必要です。

そのための視点として、インスピレーション、コーディネーション、ディレクション、インスピレーションの4つを提示しました。

そして、新しいマネジメントへ歩みを進めるために、組織構造の見直し制度の作り替え働き手の能力や意識を変える、これら3つのどこかを突破口にしながら、また徐々に3つを整合させていく。この手順を踏むことで、ワークエンゲージメントやリスキリングといった言葉も、自社にとって意味のあるものになります。

それこそが、新たな組織・人事のマネジメントを設計するということです。

まとめ

最初にパンデミックに見舞われたとき、リモートワークの急な導入は、どの企業でも大なり小なりの混乱を起こしました。それから2年経ったにも関わらず、いまもなお世界の企業が、どのような働き方が望ましいのか考えあぐねているように見えます。

その理由は、これが単なる働き方の変更やデジタル化では完結せず、企業の組織の動き方そのものと密接に関連しており、事業に影響を与えるからです。

それゆえに、企業の経営者や、組織・人事を司る経営企画部や人事部の責任者・担当者、さらには各事業の責任者は、ニューノーマルにおける組織・人事の新しいマネジメントのあり方を描くことが重要です。

いくつかの施策の「継ぎ接ぎ」ではなく、またニューノーマルからの逃避でもなく、組織・人事のマネジメントを更新していくという考えの下で取り組むことが、将来にわたる組織能力の向上に寄与します。

AUTHOR
針生 俊成
針生 俊成 (はりゅう としなり)

クレイア・コンサルティング株式会社 執行役員COO マネージングディレクター
筑波大学第二学群人間学類卒業

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセンを経てクレイア・コンサルティングの立ち上げに参画。
幅広い業種における統合的人事制度改革、コンピテンシー設計、人材アセスメント、人材育成、意識改革、ES(従業員満足度)向上等、多数の人事コンサルティングプロジェクトに従事。合併や分社等の組織再編に伴う人事制度改革、高度専門職の人事制度設計やコンピテンシー設計、ブランドマネジメントと連動した人材マネジメントのコンサルティング等の実績も豊富。

参考文献

  1. Mintzberg, Henry. マネジャーの実像. 池村千秋訳. 日経BP, 2011.

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